短編「走る」

snowdrop

走る

 日が陰り、一級河川沿いの堤防上を歩く。

 犬を飼っていた頃からの散歩コースだ。


 子供の頃のことである。小動物のペットが欲しかったのだが、親が連れて帰ってきたのは生まれたばかりの白い仔犬。しっぽがくるりとカールし、見た目がどことなく秋田犬に似ていた。

 正直、犬は苦手だった。

 近所に住む同級生が飼っていた黒犬は、私が遊びに行くたびにけたたましく吠えてきた。モコモコした毛むくじゃらの中型雑種犬である。

 テリトリー内に不審人物が侵入してきたための自衛手段であり、飼い犬の仕事。わが門で吠えぬ犬なし。まさに排他心の現れである。

 玄関先に設置されたケージ内にいるとはいえ、当時の私は、全身全霊を傾けて吠えてくる声に圧倒され、すっかり怯えてしまった。

 そのため、私がお邪魔するたびに同級生は出迎えに玄関先まできてくれた。

「さっさと入ればいいのに」眉をひそめながら笑い、「うちのバカ犬がごめんね」気遣いの言葉をかけてもらう。

「犬も朋輩鷹も朋輩。バカではないと思うよ」

 と、私は彼女に笑みを返す。

 なぜなら、帰るときは見送りに「ワン」とひと吠えしてくれる。幾度となくお邪魔していると、そのうち吠えることもなくなった。不審人物ではない、と認めてくれたのだろう。

 だけど、同級生が飼っていた犬とは一度も遊んだことがない。

 そんな私が家で犬を飼うとなった時、どうしていいのかと手を焼き、本分である勉学に勤しむことにした。

 とどのつまり、逃げたのである。

 とはいえ、犬が家から消えるわけではない。

 玄関先に置かれた犬小屋から毎日、「さんぽ、さんぽ~」としっぽを振りながら吠えてくる。

 尾を振る犬は叩かれず、の言葉どおり無碍にできない。

 いつの間にか、「犬を飼いたい」と言い出したのは私、ということになっていた。

 暗黙の了解のもと、夕方の散歩は私の役目となった。

 飼いはじめたばかりの数年、首輪にロープをつけるのを嫌がり、よく脱走された。

 犬小屋の側に生えた木に縛り付けてあった鎖を首輪から外した瞬間、首を大きくブルブルっと震わせてくる。こちらが思わず怯んだ隙をついて、犬のくせに脱兎のごとく駆け出すのだ。

 一度や二度ではない。常習犯であり確信犯だった。

 門扉を飛び出すたび、私は走って追いかける。

「ちょっと、待ってよーっ」

 犬に論語。

 いくら声をかけても止まらない。

 聞こえていたとしても、言葉が通じる相手じゃない。

 ひょっとしたら理解できるかもしれないが、都合の悪いことに耳を塞ぐ術を知っているのだろう。犬も案外、人間と似たところがある。

 とはいえ、圧倒的な違いは脚力だ。

 こちらは二本、あちらは四本脚。

 肩甲骨と後ろ脚の付け根にあたる骨盤を大きくしならせて走っていく。

 立って歩けなかった私たちが赤ん坊の頃は、無意識に体幹と骨盤を動かして匍匐前進をしていた。

 二本足で歩くようになっても、骨盤が足の付根であることは変わりない。

 にもかかわらず、私たちは日頃の運動不足から体幹の柔軟性が失われ、骨盤は身動きが取れなくなり結果、本来の付け根が固まったまま大腿骨から先の脚だけで走っている人は多い。

 脚だけではない。走るには、腕を振る動作も重要だ。

 身体の構造上、腕を振ることで下半身が連動して自然と脚が前に出る。

 肩甲骨が凝り固まっていると、うまく腕を振れない。

 なにより、体幹が肝心だ。

 体幹がぶれた人は補おうと外側の筋肉に頼りがちになり、腰痛や股関節、膝の痛みに繋がってしまう。

 ランニングによる着地の衝撃は、体重の約三倍と言われていてる。

 便利な生活にあぐらをかいている私たち現代人は、大量のエネルギーを使っても効率が悪いばかりかダメージや疲労が蓄積し、早く走れないのだ。

 スプリンターでもない私が全身を使って全力疾走する犬に追いつけるはずもなく、あっという間に見失う。

 あちこち探しても見つからない。

 途方に暮れて家に戻れば、「やぁ、遅かったね」と呑気にしっぽを振りながら皿の水を飲む飼い犬に出迎えられるのだ。

 まったくもって、犬は実に賢い生き物である。

 夜泣きするたびにベッドを抜け出し、大丈夫だよと頭を撫でてあげた。

 嫌なことがあると、側に寝そべりながら黙って愚痴を聞いてくれた。

 成犬になるとやんちゃな行動も鳴りを潜め、一緒に歩いてくれるようになった。

 堤防と河川敷との間の一角には、車も自転車も人さえ入ってこない原っぱが広がっている。

 首輪からロープを外して自由に走らせてあげるのだが、かつてのような気ままさがない。

「一緒に行こうよ」という顔を、私に向けてくる。

 犬は三日飼えば三年恩を忘れぬ、ということだ。

 はじめはお互いに嫌うだけだったのに、いつしか認めあえる仲になっていたのだ。

 私は幾度となく、犬と原っぱを走り回った。


 そんなことを思い出し、次の季節を運ぶ南風に吹かれながら一人、堤防を散歩するのだった。

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短編「走る」 snowdrop @kasumin

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