『大地の果てを目指して』(KAC20212:走る)
pocket12 / ポケット12
『大地の果てを目指して』
太陽でさえ冷たい汗をかくような
しかし、男はかまわず走り続けた。
全身を
なにが男をそこまで
いったい男はどこを目指しているのだろうか。
ひとえに、男は知りたかったのだ。
この大地の果てには何があるのかを。
かつて男がまだ少年であった頃、そのことを
村の大酒呑みは言った。
『んなもんおめえ決まってるだろ。行き止まりだよ、行き止まり。大地にかぶさった
少年は思った。
なるほど。であれば俺はその
幼なじみは言った。
『おれたちのいる大地はすごくおっきな人が支えてるだよ。山のようにおっきな人がね。だからその人の指があるのさ』
それもいい。ならば俺はその巨人の爪を
少年はずっと夢見ていた。
いつか必ず自分の眼でこの大地の果てを見ることを。そしてそれがどうなっていたのか村の者たちに教えてやることを、少年は夢見ていた。
それから少年はすくすくと成長し、いつしか
村の誰にも負けない立派な
——大地の果てを目指して。
以来、男はただひたすらに前だけをみて進みつづけた。
愚直なまでに、走って、走って、走り続けた。
草木を焼き尽くすような灼熱の太陽も、
そうして
その村を見た男はすぐに違和感を覚えた。
まわりの家々の配置。
村のはずれに見える大きな杉の木。
背後に
なぜか見覚えがある気がした。
……まさか、そんなはずはない。
そして、ひっそりと
「——おお、久しぶりだなァ。なんだよ、帰ってたのか。どうだ、大地の果ては見つかったか?」
……。
……いや、まだわからない。
先ほどの光景は、何年もひとり走り続けた寂しさがゆえに見えた幻覚、幻聴であったに違いない。
それから男は思い出した。この事態を確かめるすべとなりそうなモノの存在を。
それを見れば、きっとここがよく似た村にしか過ぎないと証明できるはず。
しかし、その結果は男にとってあまりにも
男が見つけたのは、村はずれにある大きな杉の木につけられた幾つもの小さな切り傷。
ナイフのようなもので刻まれたそれは男の幼年時代、幼なじみと互いの背の高さを競ってつけた傷の跡であった。
——ああ、もう間違いない。ここは、俺の住んでいた村なのだ……。
男は諦め、
俺は、大地の果てをめざしてただひたすらに前に進んでいたはずだ。
それなのに、いったいどうして村に戻ってきてしまったというのか。
気づかぬうちに、進路を逆にしていたとでもいうのだろうか。
答えの出ない様々な問いが、男の脳内を駆けめぐっていく。
だがひとつの揺るがない事実として、大地の果てを目指していたはずの男は、出発地点へと戻ってきてしまったのである。
絶望が男を
どんな自然の脅威に
男は、立っていられず、木にもたれかかるように座り込んだ。
かたく目をつむった男の頬を、
どうして、どうして、どうして……。
あの苦しみながらも走り続けた
もう男には立ち上がる気力は残っていなかった。膝を抱えた姿のまま、男は時の流れからとり残された石像のように
こうして大地の果てを目指した男の旅は、かくも無残な形で
……だが、ふいに男は柔らかな光を感じた。母に抱きしめられたような優しい光の感触。
顔をあげて見ると、地平線に沈まんとする太陽からの光だった。
男のにじんだ視界にひろがるのは、
幾度となく眺めその果てに想いを
太陽が沈み、登っていく空。
大地の果てへの道しるべとなってくれていたはずの光……。
そのとき、男はふと
——まさか……いや、そうだとすればこの状況にも説明がつく……。
冷え切っていた男の心がふつふつと煮えたぎってくる。全身に力がよみがえってくるのを男は感じていた。
——確かめるすべは、ひとつしかない!
男は立ち上がり、また走り出した。
村を飛び出し、
走って、走って、走り続けた!
以前と同じだけの年月が過ぎ、やがて男はふたたび村へとたどり着く。
だが男の顔に驚きの色はない。
それどころか、大樹に切り傷の跡があることを確かめた男の顔にはまろやかな笑みが広がっていた。もう絶望に襲われることもない。
男は理解したのだ。大地の果てについてを。
それから男は幼なじみの家へと向かった。自分の発見を伝えるために。
すっかり壮年の姿となっていた彼は、
「はは、おまえの
興味深げに
「へぇ村が……意外だな。で? そいつはいったいどれくらいのところにあったんだ?」
「あん? なんだよ……まさかお前、大地の果ては地面の下にあったとでもいうじゃねえだろうな。それとも昔おれが言ったように、ほんとに巨人が支えてたっていうのか?」
困惑する幼なじみをよそに、男は自信に満ちた声で言った。
「——ここだったんだ。俺のいる場所こそが、大地の果てだったんだ!」
だがもちろん、幼なじみは男が何を言っているのかを理解できなかった。
幼なじみがいくら説明を頼んでも、男はここが大地の果てと言って地面をさすばかりで、言葉をなくした猫のように多くを
いつしか幼なじみはあきれ
それから男は村のほかの者たちにも、大地の果ての場所を指し示した。だがひとりとして男の真意を理解できるものはいなかった。
ゆえに、男は残りの生涯を、ホラ吹き者として村人から
しかし、男はそれでも村の者たちに主張し続けた。
なぜなら、大地の果てを目指して走りつづけた男は、確かに知ったのだから。
——自分のいる場所こそが、大地の果てだということを。
時は、この大地が球状であると証明される二千年前のことであった。
(完)
『大地の果てを目指して』(KAC20212:走る) pocket12 / ポケット12 @Pocket1213
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