ふたりじかん

奔埜しおり

なんでもない日

「パスタ、茹でてくる」

「え、今?」


思わずそう言ってしまったのも、当たり前。

今は二人でやる脱出ゲームをプレイ中。

最初の画面に出てきた一と二の数字をお互いに選んでプレイしていくもので、選んだ数字によって、見れる部分や、謎解きのヒントが異なるのだ。

例えば、一の謎を解くために必要な手がかりが、二のほうにある、といったような、そんな感じ。

ちょうど、わかりそうでわからない謎に引っかかり、うんうん唸っていた。


「逆に今茹でずにいつ茹でるんだよ」

「脱出できたとき?」

「昼飯抜きとか勘弁」

「ひどーい」


言いながらも、ワイヤレスイヤホンを耳に挿したまま、私も立ち上がる。

スマホの画面では、暗闇の中にある駅が浮かんでいた。

ちらりと壁を見れば、十二時半を指し示す針。

今日はなににしようかな、と考えながら冷凍庫を開いてうどんを一袋取り出す。


「そいやさ」

「うん?」

イヤホンから聞こえてくる声。

そのうしろからは、袋を漁るような音と、お湯が沸騰したときの音。

「昨日なに食べてたっけ」

「パスタ」

即答だ。

冷凍うどんを電子レンジに放り込んで、スイッチを押す。

「一昨日は?」

「パスタ」

冷蔵庫を開く。なめ茸と目が合った。

「明日は?」

「パースタ」

ザラザラっと落下音。

パスタ投入の音だ。

こーたはあまりこだわらないから、たぶん、折って入れたんだろうなぁ、なんて勝手に予想する。

「こーた、そのうちパスタになっちゃうんじゃない?」

「しょーがない、楽だからな」

「いいなぁ、うちのとこのスーパー、まだパスタ売り切れてるよ」


二〇二〇年四月。

感染症が原因で発令された、緊急事態宣言。

宣言が解除されるまでの間、私の職場は、休業となった。

とはいえ、物流は止まらない。

運ばれてくる品物を仕分けるため、おそらく今日も社員さんたちは出勤しているのだろう。

いちフリーターとしては、お金を貰えるのが羨ましいような、労働から解放されて嬉しいような、そんな感じ。

幸運にも、今のところ身の回りで感染者は出ていない。


宣言された日の帰りのスーパーは、凄かった。

きっと、こんなにガラガラな店内を見ることは、そうそうないだろうってくらい、買えるものがなかった。


なにかあったときのために、米と冷凍うどんと缶詰は欠かさないようにしておきなさい。


そんな母の教えが、まさか役に立つことになるだなんて、思わなかった。


「じゃあ、なに食ってんの」

「冷凍うどん」

「似たようなもんじゃねえか」


二人でほとんど同時に笑う。

チン、と軽やかな音。

袋の端を持って、器にバサッとうどんを解放する

最初の頃は避けそこねて湯気に熱い思いをさせられていたけれど、今はもう、そんなヘマはしない。

なめ茸と、海苔を散らせば、完成、なんだけど。


「こーた、こーた、ヘルプ」

「あ?」

「蓋が開かない」

「なんの」

「なめ茸」

「お前キノコ系好きだもんな」

「開けてよー」

「今行けねーって」


こーたの職場では、感染者が出た。

と言っても、同じ建物の別フロアらしく。

しかも発覚したのが、緊急事態宣言に伴う休業直後だったらしい。

それでも念の為、こーたは家から出ていない。

実家から、これでもかと言うほどマスクと食料が送られてくるから外に出る必要も無いのだとか。


「そろそろ二週間じゃん」

「お前なぁ」

「よいっしょ……っ!」

シリコン製のコースター兼鍋つかみで蓋に挑む。

横に回転する手応え。

よし。

「開いた!」

「おめでとおめでと」

「ありがとありがと」

器とお箸を持って、机へ。

ど真ん中に転がっているスマホを指でちょいちょいと動かす。

できた空間に、器を置いた。

「こーた、できたよ」

「うっし、じゃあ」


いただきます。


そこにはいないけれど、二人同時にご飯を食べる。

通話できてよかったな、なんて、思ったり。


突然出来た、一人の時間。


もちろん、やりたいことなんて山ほどあるし、一人で家にいるのは苦痛ではない側の人間なんだという再確認もできた。


だけど、それでも、こうやって気の合う友人と、離れていても時間の共有ができるのは、なんだかとっても幸せだ。


「来年は落ち着くかなぁ」

「どうだろうな」

「落ち着いたらさ、お花見行こうよ!」

「お前どうせ、花より団子派だろ」

「お花も見ますー!」

「欲張りだな」

「なんとでもー」


今すぐの約束はできないけれど、未来の約束ができる。

それは、まだちょっと不安定だけど、でもそれだけでなんだか大丈夫な気がしてくる。


「会いたいなー」

「誰に」

「しょーこに、あやなに、しんに……」


つらつらと名前を並べていけば、ため息。


「もちろん、こーたにも会いたいよ」

「……そりゃどーも。食ったらゲームの続きやるぞ」

「はーい」


明日は、なにをしようかな。

やりたいことを頭の中に浮かべながら、私はうどんを啜った。

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