お家の中のおウチ

静寂

おウチ

「おい、ソウタ。お前、何で泣いてるんだ?」

 どこかから声が聞こえる。

 だれ?


 振り返った僕は、何度も瞬きをした。

 そこには、僕の膝くらいまでの大きさの鬼がいた。

 赤い体、モジャモジャの頭。青い二本の角。

 僕が、僕のおウチの壁に書いた鬼に似てる。


 僕は、お家の中に僕のおウチを持っている。そのおウチは、僕だけのおウチだ。

 お父さんと、お母さんが手伝ってくれて、それから、たまにお隣のみっちゃんもやって来て、一緒におウチを作ったんだ。

 屋根は、赤いクレヨンで塗って、壁は、緑色の色紙を貼った。

 窓は、青いセロファンをみっちゃんが貼ったから、窓を閉めればウチの中が青色になる。 

 ドアは、クリスマスの時に使ったチカチカ光るライトを飾って、スイッチを入れれば光るようにもしてある。

 僕の自慢の我が家だ。

 今は、おウチの中には幼稚園で作ったお雛様を飾ってある。

 先生が、おウチでも飾ってねって言ったからだ。

 壁には、何でも絵を描いていいよってお母さんが言ったから、大好きな鬼の絵を描いた。 

 お友達は、僕が鬼の絵を描くと、鬼は怖いから嫌いだって言うけど、僕は鬼が好きなんだ。だって、強いから。

 赤い体に、真っ黒な大きな目、モジャモジャの頭に、二本の角。

 だけど、あんまり強そうじゃない。何だか、ちょっと泣きそうな鬼になっちゃった。

 でも、良いんだ。可愛いから。僕も、鬼みたいに強くなりたい。


 今日、幼稚園でお友達に、ちゃんと話してって、怒られた。

 僕は、あんまり話すのが上手じゃない。

 一生懸命に話そうと思えば、思うほど、何度も同じことを言っちゃう。

 友達は、僕の話が分からないんだって。

 だから、ちゃんと話してって言うんだ。

 でも、僕はちゃんと話してる。

 分かって欲しいから一生懸命話す。

 でも、お友達は、僕が何を言ってるか、分からないって言うんだ。

 幼稚園から帰って、おウチに入った僕は、おウチの中でこっそり一人で泣いてた。

 そしたら、僕の大好きな鬼がやってきた。

「泣くなよ。俺は、ソウタのこと大好きだ。

 ソウタは、俺のこと好きだろう?

 みんな、鬼は怖いとかさ、嫌いって言われるけど……。

 でも、ソウタは好きって言ってくれる。俺、嬉しいんだ」

「う……うん。

 あのね、あのね、えっと、……あのね、鬼はね、鬼は強いでしょ?

 えーっと、だからね、好きだよ。


 ぼ………僕も、……強くなりたい」

 最後は、小さな声でぽつりと呟いた。

 鬼は、赤い顔でニンマリと笑うと小さい手で、バシバシ僕の体を叩いて、赤い口を大きく開けて、ワハハハと笑う。

「大丈夫だよ。ソウタは強くなれるよ。強くなりたいって、思うのを諦めなきゃ良いんだよ。

 諦めてやめちゃったら、それ以上は強くなれないけど、諦めずに何かを続ければ、今より強くなれるだろ?

 そうやって強くなるのを繰り返してたら、きっと今よりもずっと強くなれる」

 にっこり笑った僕を見て、またワハハハと笑うと、鬼はどこかに消えちゃった。


「こんにちは!ソウタ、おウチの壁の鬼を増やそう。いっぱい描いて鬼だらけにしよう」

 みっちゃんは、庭の窓からやって来ると、たくさん鬼の絵本を持ってきて、僕たちのおウチの中に入って来る。

 クレヨンや、色鉛筆、お母さんが出してくれた絵の具で、僕とみっちゃんは、鬼をいっぱい描いた。

 赤い鬼、青い鬼、緑の鬼。目が一つの鬼、三つの鬼。

 どの鬼も、毎日おウチにやってきて、僕に言う。

「ソウタ、大好きだよ。ソウタも、俺たちのこと好きか?」

「う……うん。す、好きだよ。

 あか、赤も青も、み、緑も。目が一つも、三つも。み……みんな大好きだ」

 

 それから何度も、みっちゃんと僕のおウチは壊れて作り替えられた。

 最初は、お父さんと、お母さんが手伝ってくれていたのも、僕とみっちゃんだけで作れるようなって、おウチの中の壁に描く絵も、鬼じゃなくなって、その時々で色んなものを描いた。

 カブトムシの時もあったし、恐竜の時もあった。

 みっちゃんが、ピンク色のドレスを着た、プリンセスを描いた時もある。

 その度に、僕のおウチには、カブトムシや恐竜や、プリンセスがやって来る。

 そうして、必ず言うんだ。

「ソウタ、大好きだよ」

って。僕も、同じように答える。

「僕も、大好きだ。

 カブトムシも、クワガタムシも。

 ブラキオサウルスも、ティラノサウルスも。

 それから、プリンセスも」

 お客さん達は、おウチを作っている間、ずっとやってきた。

 僕とお客さんは、楽しく過ごした。


 僕は、もうおウチは作ってない。

 その代わり、家を出て部屋を借りた。

 その部屋には、毎日お客さんがやってくる。そうして、こう言うんだ。

「ソウタ、大好きよ」

 僕も、答える。

「うん。僕もミチヨが、大好きだよ。

 だから、家を建てるから、お客さんとしてじゃなくて、お嫁さんとして家に来て」

 僕は、あの頃よりも強くなったと思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お家の中のおウチ 静寂 @biscuit_mama

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ