チヨちゃん、おうちの大冒険

一矢射的

妖精バグベアのひみつ



 お留守番はつまらない、それが毎日なら猶更なおさらです。


 チヨちゃんは小学二年生。いつもなら元気いっぱいに学校へ通うのですが、生憎あいにくと今は嫌な病気が流行したせいで学級閉鎖の真っ最中なのです。


 チヨちゃんの両親は共働きで、毎日マスクをして家を出ていきます。

 ママは「こんな時でもお店が開いていないと大変だから」と近所のスーパーへ。

 パパは「パパが頑張らないと会社がつぶれてしまうから」と車で出勤しゅっきんします。


 チヨちゃんは「学校が休みなのに、どうしてお仕事は休みにならないの」と不思議に思うのでした。


 帰ってきても二人は暗い顔で溜息ためいきばかり、おうちの中はいつも息が詰まる感じで、とても遊んでくれなんて言い出せる様子ではありません。


 お陰でチヨちゃんはいつもいつも一人で退屈な時間を過ごすのでした。

 初めのうちはゲームもやりたい放題、漫画を読みながらゴロゴロしていても怒られないので幸せたっぷりでした。

 でも、毎日それが続くと人はすぐ幸福を感じなくなってしまうものなのです。ゲームはやり過ぎると頭が痛くなってくるし、同じ本をいつまでも読んでいたら飽きるに決まっています。


 ママに話せば「いつ学校が始まってもいいように勉強しなさい」というばかり。

 授業でやってない所を予習しようとしても、解らないことだらけなのでした。

 前は日曜日が楽しみで仕方なかったのに、どうして毎日がお休みだとこんなにつまらないのでしょうか?


 それに、つまらないだけではありません。

 お留守番の最中に怖い目にうことがあるのです。

 まるで屋根の上を誰かが歩いているみたいにギッ、ギッときしむ音が聞こえてくるのです。隣室りんしつに誰かが入ってきたみたいに壁がギシッと鳴るのです。


 絵本に出ていた妖精バグベアの仕業しわざでしょうか。

 本には親の言いつけを聞かない悪い子をさらっていく「恐ろしい妖精」だと書いてありました。

 チヨちゃんが毎日遊んでいる悪い子なのでさらいに来たのでしょうか。

 挿絵さしえには全身毛むくじゃらの鬼みたいな奴が描かれていました。


 部屋に一人でいると、時計の針が時間を刻む音ですら大きく聞こえてとても恐ろしくなってくるのでした。


 パパに話しても「妖精なんて迷信だよ、ここはシャクヤで古いからヤナリがするだけさ」と言うばかりで何も信じてくれません。


 子どものチヨちゃんではどうにもこうにもならないのでした。


 そんなある日のことです。

 その日は朝から天気が悪くて風がゴオゴオと吹いていました。

 パパとママはやっぱりお仕事ですぐに出かけてしまいました。

 残されたのはチヨちゃんだけです。


 お昼を過ぎると風はドンドン強くなり、家のあちこちから不気味な音が聞こえてくるのでした。


 ギシ、ミシミシミシ。ギィー、ギィー。


 チヨちゃんは怖くなってテーブルの下に隠れていました。

 でも、やがて腹が立ってきたのです。ここはチヨちゃんのおうちなのに、どうしてこちらが隠れなきゃいけないのでしょうか? 遠慮するのは向こうのはずではありませんか。


 最近イライラすることが多すぎて、カッとなりやすくなっていたのです。

 チヨちゃんは我慢しきれなくなって机の下から飛び出しました。


「音ばかりで、いつまでたっても出てこない。あんな奴、人をおどかすだけの臆病者おくびょうものじゃないの。いいよ、こちらから探しに行ってやるんだから」


 独り言をつぶやき、チヨちゃんは妖精バグベアを探しに行くと決めました。

 虫取りあみ懐中電灯かいちゅうでんとうを持って、おうちの中でひとりかくれんぼです。こっちが鬼になれば、もう何も怖くありません。


 絵本によると、バグベアは家の物置ものおきにひそんでいるそうです。

 玄関のわき、階段の下、台所の戸棚とだな、チヨちゃんは片っ端から収納しゅうのう場所を開いてみました。もしかすると奥に隠れているかもしれないので、しまってある物を外にだしてライトで照らしてみました。

 出した物は、当然しまわずにそのままです。

 あれあれ、大丈夫かしら?


 おうちの中は散らかってすごいことになっています。

 ですが、まだバグベアは見つかりません。


 残りは……屋根裏部屋です。そう、屋根から音がするのだから妖精の住処すみかはきっとそこに違いありません。

 ここは天井に出入り口があって開けるのが大変だし、調査ちょうさを後回しにしていたのです。それでも、もうやるしかありません。散らかった部屋をパパやママが見れば、どうなるのでしょう? なんとしても妖精を捕まえなければ言い訳ができないではありませんか。金属の長い棒を使って開き戸のフックを外し、天井の入り口を引き下げます。

 収納ハシゴを下ろして、それを登れば天井裏です。


 スイッチを入れてもなぜか屋根裏の明かりはきませんでした。

 多分、電球が切れているだけなのでしょう。けれどチヨちゃんには、その暗がりに怪物が待ち構えているからかないのだとしか思えません。


 ゴクリと唾を飲み込むと、勇気を振り絞ってハシゴを登っていったのです。

 そして昼間からなおも暗い闇の奥を懐中電灯で照らしたのでした。


 すると……。


 なんとそこには、角を生やし、牙をむき出しにした「恐ろしい赤鬼」が居たではありませんか。手には出刃包丁を持って、今にも襲い掛かってきそうなポーズです。


「ひゃああああ!!バグベアだぁ!」


 チヨちゃんは懐中電灯を放り捨て、自室に逃げ戻るとベッドに飛び込みました。

 頭から毛布をかぶり、そのままブルブル震えていました。

 不思議なことにバグベアの奴はいつまでっても追いかけてきません。それがなお恐ろしくて、チヨちゃんは夜までそのままだったのです。


 その日の晩、帰ってきたパパとママは散らかった室内を見てショックを受けました。


 もしや強盗でも入ったんじゃなかろうか。

 まず最初に心配したのはもちろんチヨちゃんのことです。急ぎ彼女の部屋へ行き、無事を確かめたのならまずは一安心。

 しかし、いったい留守中に何が起きたのでしょう。


 屋根裏部屋にバグベアがいた。

 チヨちゃんからそんな話を聞かされて、パパが半信半疑にハシゴを登ってみると……すぐに笑いながら降りてきたではありませんか。


 その両手で大きな額縁がくぶちを運んでくると、パパは「よいしょ」っとチヨちゃんの前にそれを置いたのです。


「ああ、これかぁ。ママが高校の時に描いた絵じゃないか」

「あら、そういえばそんなのあったわね。バグベアどころか秋田のナマハゲじゃない。美術部の課題で描いたんだっけ。『地元の伝統芸能』とかいうお題で」

「懐かしいなぁ、そういえばママと初めてあったのも高校の時だった」

「私はもう雪国の暮らしなんてコリゴリよ、雪下ろしが大変だし」


 なんということでしょう。

 バグベアなど初めから居ませんでした。

 全てはチヨちゃんの勘違かんちがいだったのです。

 パパやママと一緒に見るナマハゲは、同じ絵なのに大して怖くありませんでした。


「ははは、安心したかい。コイツはパパとママの思い出の品なんだ。そう嫌わないでくれよ」

「へぇ、ヘンなの。パパとママはもう大人なのに。学校に通っていた頃があったの」

「そりゃそうさ。今こうしてチヨちゃんと家族でいられるのも運命の巡りあわせって奴でね。展覧会でこの絵をめたのが、二人のめだった。ママやチヨちゃんと会わせてくれた神様には、深く感謝しなくちゃいけないね」

「あらあら、どうしたの? 貴方が今更いまさらそんな事を言うなんて」


 ママが茶々ちゃちゃを入れると、パパは真面目まじめな顔をしてこう言ったのです。


「いやね、僕たちはいそがしさにかまけて大切なことを忘れていたのかもしれない。それをきっと天井裏の妖精さんが思い出させてくれたんだ」

「んー、そうかもね。でも、パパ」

「なんだい美代子」

「カッコウつける前に、まずはチヨちゃんが散らかした所を片付けるべきじゃないかしら」

「おっとそうだった。まぁ三人でやればすぐだろう」


 こうしてチヨちゃんの退屈な日々は終わりを告げたのです。

 家の中には前のような笑顔が戻ってきました。

 勉強の解らない所はママが丁寧ていねいに教えてくれます。

 ほんのちょっとだけですが、遊びにも付き合ってくれるようになりました。


 そしてパパは、仕事が終わった後で「必ず娘とジョギングをする」という新しい日課をもうけたのでした。

 病気やいそがしさに負けない強い体を作る為です。初めのうちはチヨちゃんの方が速いくらいでしたが、今では二人で町内一周してもヘッチャラです。


 家の外から見れば何も変わったようには見えない、その程度の変化です。

 けれどチヨちゃんの一家にとっては大きな違いなのでした。


 きっと世の中はこうした小さな事の積み重ねで大きく変わっていくのでしょう。


 もうすぐ学校も始まります。

 通り過ぎてしまえば留守番も、屋根裏の冒険も、全ては思い出なのでした。


 終わってしまえば笑顔で語れる日がくるでしょう。

 いつの日かきっと。


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