みんなのわたし時間

さかたいった

わたしのひがみ

 はあ。

 まったく、何が「おうち時間」よ。溜め息の一つも出るわ。わたしの心落ち着く時間を返してほしい。四六時中あなたたちにいられたらたまったもんじゃないわ。わたしを何だと思っているのよ。

 ポテトチップスのカスはこぼすし、ペタペタと汚い足跡はつけるし、一体誰が雨風しのいであげていると思ってるの?

 あなたたちが泣いている時も、笑っている時も、ご飯を食べている時も、眠っている時も、どんなに辛く落ち込んでいる時だって、わたしはずっとあなたたちを見守ってきたのよ。


 一番ちっちゃい坊や。あなたももう、学生を卒業して社会人になったのね。わたしはあなたがまだ生まれたばかり、おしめをした赤ん坊のころからあなたのことを知っているのよ。それにしても、ずいぶん大きくなったわね。恋人はできたかしら? 部屋で一人で〇〇してばかりいないで、早くわたしにお嫁さんを見せてちょうだい。


 しっかり者のお姉ちゃん。あなたはもう、ここから出ていってしまったわね。ちょっと寂しいけれど、でもそれ以上にわたしは嬉しいわ。お相手さんは、なかなかイケメンじゃない。良い報告を待っているわ。いつまでもお幸せに。


 一家の大黒柱のお父さん。無口だし、休みの日も部屋の隅で一人でコソコソ過ごしてる。でも知ってる? 口では言わないけどみんなあなたを頼りにしているのよ。わたしだってお父さんのことが好きなんだから。


 ちょっと口煩いけど根は優しいお母さん。家族が稼働しているのはみんなあなたのおかげ。素晴らしいわ。料理も上手で、食卓にはいつも美味しそうな匂いが漂ってる。あなたがいつも明るく家庭を照らしているの。


 でもさあ、みんな忘れてない? ここにはもう一人「わたし」という存在がいるってこと。外に出られない時間が増えて、ようやくわたしのことを考えてくれると思ったら、みんなガン無視なんて酷くない? わたしだって悲しかったら泣いちゃうわよ。

 わたしが感謝しているのはお母さんぐらいね。お母さんは毎日わたしを綺麗にしてくれる。わたしが埃を被らないでいられるのはお母さんのおかげだわ。みんなそのことにもっと目を向けるべきよ。まったく、ここの男共といったら。めっ、よ。


 人は怖がりな生き物。人は食べて出して寝ていれば、生きていられる。本当はわたしがいなくたっていいはずなの。だけど人はわたしたちをつくった。安心したかったのね。それがわたしたちの本質よ。

 人は生きていく上で様々な困難に苛まれるもの。だけど帰ってくれば、そこにはいろんなものから身を守ってくれる存在がある。そうして寝て一日経てば、また外に出て戦いにいけるの。

 わたしはあなたたちを守る存在。見守り続ける存在。言ってしまえば、「家族」のようなものなのよ。

 今世の中はなんちゃらかんちゃらで大変みたいだけど、そうやってここで過ごす時間が増えた今こそもっとわたしのことを考えてくれてもいいんじゃない?




 長い、長い。

 とても長い時が経ったわ。

 あなたたちはみんないなくなってしまった。わたしの体ももうガタがきた。

 終わりの時ね。

 ショベルカーとかいう物騒な輩がやってきたわ。そいつが私を終わりにするのね。

 みんな、今までありがとう。わたしは生まれ変わって、きっとまた誰かを守る存在となって姿を現すわ。その時まで、しばしのお別れね。

 あなたたちと過ごした日々、楽しかったわ。良い思い出をたくさん、ありがとう。

 守っていたのはわたしのほうかもしれないけど、わたしだってあなたたちの笑顔と笑い声に救われていたのよ。だからこそ今日までやってこれた。

 ああ、なんだかちょっと眠くなってきたわね。ずっとあなたたちの寝顔を見てきたわたしだけど、ついにわたしも眠る時がきたわ。

 さようなら。またいつか会いましょう。

 愛しているわ。

 あなたたちのことが大好きでたまらない「わたし」より。

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