最強の屋内スポーツ

Barufalia

卓球はすべてを解決する

「ねえ修也君。運動とかしないの?」


「やらないよ。外には出たくないし、家で出来る運動なんてたかが知れてる」


「でもこんな広い部屋なのに何もしないなんて勿体ないよ」


 俺は白銀修也(しろがねしゅうや)。現在なぜか幼馴染の西條茉白(さいじょうましろ)と少しの間一緒に生活することになっている。

 原因は俺の生活習慣にあった。

 大学以外ではほとんど外に出ず、食事は基本レトルト。おまけに掃除も苦手で部屋は散らかり放題だ。

 この間母さんがこの家に来た時にはさすがにこっぴどく怒られてしまった。

 ワンルームの広くてきれいだったはずのこの部屋の惨状を見ればそれは怒るとその時はさすがに何も言い返せなかったが、母の怒りはただの説教にとどまらなかった。


「茉白ちゃんに相談したらね。修也の面倒見てくれるって言ってくれたのよ。いい機会だから、あの子にいっぱいしごかれてちゃんとした生活スキルを身につけなさい」


 茉白は俺の通っている私立大学から割と近いところにある国立大学に通っていた。

 彼女の家からは遠いが、俺の家からでも通学に問題はないそうだ。

 いや、そういうことじゃない。実際、彼女にはこの部屋は隠していた。

 あいつと会う時はいつも外、どうしてもという時は向うの家に上がり込んでいたのだ。

 まあ確かにわかる。彼女の生活スキルは圧倒的に高い。

 まさに「理想的な奥さん」とでも表現できるくらいと言えばそのすごさは伝えられるだろうか。

 残念ながらこの無惨な部屋を放置していた俺に拒否権は無く、しばらく茉白はこの家で寝食を共にすることになってしまったのだ。

 大体彼女が来て一週間になったところか。既に部屋は見違えるほどに綺麗になり、彼女の所有物が持ち込まれて尚広い空間を維持できるくらいに整理されていた。

 家の中ではほとんど彼女の操り人形みたいに動いていた俺だが、外出だけはどうしてもする気にはなれなかった。

 買い物を頼まれた時も大学の帰りのついで以外ではやらないし、運動しようと誘われてもすべて断っていた。

 この体を動かすことに関しては、かなり激しい戦いが繰り広げられていた。


「修也君、今日誕生日だよね?」


「・・・そうだけど、突然どうしたんだ?」


「どうしたって、せっかくお祝いしてるんだからもっと喜んでよ。ちゃんとプレゼントも用意してるからさ」


「・・・プレゼント?」


 寝ころんでスマホを眺めていると、不意に茉白が口を開いた。

 確かに今日は俺の誕生日だ。当の本人は完全に忘れていたが、覚えてくれていたようだ。

 素っ気ない態度で返したが、そこはちゃんと嬉しかった。

 ただ、彼女はプレゼントと言っていたが、それを出すそぶりはまったく見せなかった。何かを待つように、ただ静かに俺に笑顔を向けていた。


ピンポーン


「あ、来たみたい。ちょっと待っててね」


 沈黙に耐えかねて何か口を開こうとした直前にインターホンが音を発した。

 俺には全く身に覚えのない来客だが、どうやら茉白は心当たりがあるようだ。

 「プレゼント」と言っていた辺り、ネットで注文していたのだろうか。


「修也君、やっぱりちょっと付き合ってくれない?」


「付き合えって、一体何を・・・」


 彼女の方を向くと、彼女は自分の身長に届かんばかりのでかい段ボールに手を置いていた。

 マジで何を買ったんだろうか。口もきけず、ただただ唖然としていたが、茉白の「はやくはやく」と促されてようやく腰を上げた。


「茉白、お前一体何を買ったんだ?」


「ん、これだよ」


 茉白は嬉しそうに段ボールの一点を指さす。どうやら商品説明がそこに書かれているようだ。

 

「・・・卓球台?」


「うん、これなら家の中でも運動出来るでしょ?」


「・・・馬鹿か?」


 嘘だと信じたいが、このでかさは残念ながら嘘ではない。

 この女、本当に卓球台を買いやがったらしい。

 思い返せば兆候はなかったわけではない。

 彼女がこの家に来て二日目くらいだったか、彼女がこの家のいろんな長さを熱心に測っていたのだ。何か整理用具を買う時の参考かと思っていたのだが、よもやこんなものを用意するためだったとは・・・

 確かに卓球は屋内スポーツだ。

 そして、中高と俺と茉白は卓球部に所属していた。突拍子もなくこれに目をつけたわけではないだろう。



「さ、早速やってみよう」


「やろうって、台だけしかないだろ」


「そんなわけないじゃん」


 俺の想像を超えてこいつは色々準備をしていたようで、押し入れのバッグから得意げに二本のラケットを取り出して見せた。

 その内一本が俺の物なのはすぐにわかった。いつの間にか俺の家から回収していたようだ。

 台もある。ワンルームだけあって広さはそこそこ、ラケットもある。

 残念ながら舞台は完全に整ったわけだ。


「・・・仕方ない。ちょっとだけだぞ」


「そんなこと言ってるけど、ちょっとうれしそうじゃない?」


「そんなわけないだろ」


 今ではこんな有様だが、これでも結構卓球には打ち込んでいた方だ。

 現役ではやらなくなった今でも試合の動画はたまに見ている。

 まさかもう一度このラケットを振るう機会を得られるとは、体が自然と喜んでいたようだ。口先では隠していたが、明らかに出ていたらしい。

 やると決まれば後は早い。二人で台を動かしてさっさと準備を進める。


「懐かしいね。修也君」


「ああ、もう何年ぶりだろうな」


 卓球自体は一年少しくらいだが、茉白とボールを打つのはもうずいぶん久しぶりだ。

 性別が違えば戦うフィールドも変わる。スポーツの宿命のようなものだ。

 そのせいで、同じ卓球部でありながらも彼女と卓球をする機会はほとんど得られなかったのだ。

 準備も終え、思い深そうに茉白はボールを眺めていた。


「じゃあ、行くよ。修也君」


「ああ、お手柔らかに頼むよ」


 ラケットは懐かしい感触で不思議と手になじむ。

 茉白から放たれたボールをもう何千何万とくりかえし、体にしみ込んだ動きで打ち返す。


 パスン


「・・・修也君、ずいぶんなまってるね」


「うるさい、まだここからだ」


 我ながら完璧、そう思った俺の打球はネットを超えすらしなかった。

 ブランクというのはこうも恐ろしいものか。若干気まずい雰囲気が流れたが、強引にその空気を振り払って俺はボールを拾い上げる。

 茉白には負けるわけにはいかない。


「よし、じゃあ今度は俺から行くぞ」


「修也君、目が本気だけど・・」


 謎の負けん気が発動してもう茉白の声はほとんど届いてなどいなかった。

 ボールをセットし、トスを上げる。残念ながら天井は高くないのでそんなにトスは上げられないが、そもそもそんなに高いトスを上げられる技量は俺には残っていなかった。

 うっぷん晴らしとばかりに二球目にして下回転のサーブをお見舞いする。

 その不意打ちに彼女も驚いたようで少し動きに迷いが出ていたようだが、すぐに対応してボールを返球してきた。


「・・・茉白、こんなもの買って俺の家におくなら、ちゃんと付き合ってくれるんだろうな」


「もちろんだよ。君の気が済むまで、いくらでも相手してあげる」


 久しぶりの運動で10分と経たずにダウンした。

 もう無理だと台にラケットを置いて床に寝転がる。

 少し深呼吸を繰り返していると、茉白が水を渡してくれた。

 さすがに彼女はまだ全然平気みたいだ。

 茉白にこのまま情けない姿を見せるわけにはいかない。

 こうして誕生日早々、家の中での新たな大修行が始まったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

最強の屋内スポーツ Barufalia @barufalia

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ