一緒に住んでる女の子、分かってないから殴る

まぁち

女心な!


 私の恋人が最近ずっと家に居るのだけれど、なぜだろう。

 私はごろりとだらけた姿勢で地面に転がって考える。


 いや、別に居て欲しくないとかそういうのじゃないの。ただ、いつもなら出かけてしまって家に居ないお昼時にも居て、やたらと構ってくるから不思議になっただけ。むしろ嬉しいしめちゃくちゃウェルカム。

 ついさっきも急に私を抱き締めて顔をすり寄せてきて、


「アンナは今日も可愛いなぁーー!」


 とテンション高かったからちょっとウザくて引っぱたいてやったけど、実際は凄い嬉しかった。


 またやってくれれば素直にされるがままにしてやろうと思うのだけれど今は台の上に置いた何かとにらめっこして何やら作業中。私がその気になっている時になんとタイミングの悪い……。

 だけどそうやって黙々と作業してる姿はいつもの私に対する緩んだものとは違っていて素敵。

 こうやって家にずっと居てくれるまでは見せてくれなかったカレの他の一面。新鮮でなんだかきゅんときてしまう。


「………………」


 ……うん。

 きゅんとはするけど、やっぱり私が甘えたいモードの時にこうやって放置されるのは悶々とするわね。もうちょっと頑張れ。恋人を放置してどこ見てんだ。今なら良いんだぞ。無抵抗でいてやるぞ。そのおっきな手で抱き締めて撫で撫でしたりスリスリしたりやりたい放題出来るんだぞ。フィーバータイムなんだぞ。


 そんな思念を送りながらカレを睨みつける。

 しかしカレの視線は手元の何かに向いたまま動かない。おいキサマ無視か。


「なぁー」


 我慢できなくてこっちから呼んでみるが、やはり無視。というか聞こえていないカンジ。


「…………」


 ふーん。そうですかそうきますかへぇーえ。

 なるほどなるほど。そっちがそういう態度ならこっちにも考えがありますよ。


「えっ、ちょっとアンナ?」


 私は強行手段に出た。

 カレの膝に乗っかってやったのだ。これで無視できまい。そっち見んな今は私を見ろ。そして愛でろ。抱きしめろ。

 想いを込めてカレを見つめる。


「もう、しょうがないなぁ」


 カレは私に向かって優しくそう言うと、その手で頭を撫でてくれる。包み込むような温かさ。気持ち良くて思わず目を閉じる。

 そうそう。それでこそ私の恋人よね。好き。

 幸せが溢れてつい変な声が出そうになる。

 ホント、なんで急に家にずっと居るようになったのかは分からないけど、こんなに幸せなんだからなんでもいっか。

 ああ、それともあなたも私と一緒に居たくてたまらなくなったの?ふふふ、しょうがないなぁ。




 # # #




 世界的に大流行した新型ウイルスのせいでろくに外を出歩けなくなって三ヶ月。

 僕は会社に出勤せず自宅でパソコンを睨みつける毎日を送っている。いわゆるテレワークというやつだ。

 入社二年目にして大変なことになったぞ、これからどうなるんだと思ってたのは最初の内だけ。意外とこのテレワーク、性に合ってる。ギスギスした空気(主に人間関係の悪化による)の社内で仕事をするよりこうやってのびのびと自宅で仕事をする方が精神衛生上遥かに良い。

 何より自宅で仕事をするともれなく……


「ぐふふふ」


 最高に可愛いい同居人と同じ空間でいっぱい過ごせてしまうのだ!


「アンナー!おはよう!」


 朝起きて広さ八畳の室内を見渡し、目標を発見。即座に近寄って抱き締めた。


「アンナは今日も可愛いなぁーー!」


 そしたらソッコーで顔面にパンチ食らった。痛い。だが問題無い。幸せだ。


 そうやって僕から離れて距離をとったのはツヤツヤの黒い毛並みの美人さん。

 一年前に知り合いから頼まれて引き取った黒猫のアンナだ。


 最初は「頼まれたからにはちゃんと育てないとな」という義務感から頑張って育てていたけど、今は完全に彼女にぞっこんである。

 というか、この外出るな状態の世の中になってからより一層愛情が増した。

 なぜかって?

 逆に聞きますけどこんな可愛い生命体と一緒にいて愛を抱かない方がおかしくない?


 というわけで今日も気色悪く笑いながらお仕事を始めるわけです。

 地べたに座って床に置いたテーブルの上にパソコンを置きつつ、資料作成。


 するとどうでしょう、アンナが僕を邪魔するように膝の上に乗ってきて「おらよ、癒しを届けにきてやったぞ」と言わんばかりに見つめて来るではありませんか。


「えっ、ちょっとアンナ?」


 そうそうコレ。この、仕事なんてお構いなしに邪魔してくるこの感じ。堪らないわぁー。


「もう、しょうがないなぁ」


 たまらない幸福感に包まれながらアンナを撫でまわす。その度、気持ち良さげにゴロゴロ鳴くアンナ。

 なんて幸せなんだ。一生この空間に居続けたい。やばい、仕事手ぇつかなくなる。

 まあ、ちょうど一区切りついたし、休み時間って事でいっか!


 ということでソフトを閉じてユーチ○ーブを開く。


 アンナを抱き抱えて一緒に鑑賞のスタイルに。

 動画を検索して再生した。

 流れたのは僕の大好きなマンチカンの日常を飼い主さんが撮った動画である。

 アンナは画面の中に映る仲間にどんな反応するのだろう。思い、興味本位で見せてみることにした。


「ほらアンナ!この子可愛いくない?脚短いんだけどね、この子も君の仲間でっぶ!」


 顔面殴られた。

 え、なんで?

 わけがわからず呆然とする僕にアンナはそっぽを向いて部屋の隅へと行ってしまった。


 ……うーん、どうしたんだろう。突然現れた仲間にびっくりしちゃったのかな?


「猫心は難しいな……」


 僕は緩んだ顔で幸せを噛み締めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

一緒に住んでる女の子、分かってないから殴る まぁち @ttlb

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ