ワタクシは猫ですの
久里 琳
コロナの盛りのおうち時間
さいきんママがずっとおうちにいるから、甘えたなお姉ちゃんはごきげんなの。
もう七つになるのよ。
なのに、ママのお手伝いもしないし、おそうじだってしないの。お部屋のなかなんて散らかしっぱなし。しかたない子でしょ。
まいにちまいにち働いて、お料理おそうじおせんたく、おおいそがしのママなんだからお手伝い、ちょっとはしたらいいのにね。
とたとた、とたた。
ほらほら、うわさをすれば、お姉ちゃんがやって来た。姿は見えないけれど、音でわかっちゃう。
とたとた、とてん。あら転んじゃった。どんくさいったらありゃしない。あんなじゃ狩りもできないわ。
ほら、ドアから顔を出した。
これがあたしのお姉ちゃん。
なりはおっきいの。なのに泣き虫。あらら、さっき転んでひざこぞうをすりむいちゃったのね。目になみだがうかんでる。だめよ泣いちゃ、ママが心配するからね。
つい声かけたけど、すぐ後悔したわ。あたしを抱っこして、なでようとするの。
あたしあんまり好きじゃない、やたらべたべたなでられるのって。そんな猫かわいがり、レディー相手に。失礼しちゃうわ。
ママはね、以前はまいにちお出かけしてたんだけど、ここんところはお出かけしなくなっちゃった。だからずっと一緒にいられて、お姉ちゃんうれしそう。あたしだってちょっとはうれしいわ。
でもね、お姉ちゃんやあたしと遊んでくれたらいいのに、テーブルの上にパソコンだとか、紙をたくさん広げて、むずかしい顔してうなってるの。お仕事なんだって。あんなじゃそばに近よれないわ。
そんなときお姉ちゃんとあたしは顔を見あわせて、はしっこでおとなしくしてるの。あたしはわりと平気なんだけど、お姉ちゃんったらほんとさみしそう。
なのにママったら、アニメのビデオでも見せてたらそれでいいって思ってるのよ。お姉ちゃんが今ほしいのはそんなのじゃないのに、ねえ。
つまんなさそにテレビを見ているお姉ちゃんのひざこぞう。すりむいたあとがなんだか痛々しかったから、するっとしっぽでなで上げてあげた。びっくりした顔であたしを見るからあたしも見上げて、
「
って言ってあげたの。
特別サービス。だから元気出すのよ。
***
した、した、しとん。
レディーならこんな風におしとやかに歩くものよ。
ばんごはんを食べて、ママとお姉ちゃんがおふろ入ってるあいだ、あたしはフロアを見まわるの。しっかりもののママだけど、虫だけは苦手なのよね。だからママをおどかすいけない虫は、あたしが退治してあげるってわけ。お姉ちゃんより、よっぽどたよりになるでしょ。
ふたりがおふろから出てきたら、パパとおしゃべりの時間。
パパはパソコンのなかに住んでるの。あんなところにとじ込められて、かわいそう。しゃべってるあいだは笑ってるんだけど、ときどきふいっとだまりこむの。そんなときはなんだかママもせつない顔するわ。
パソコンのなかにひとりでいるのって、やっぱりさみしいのかしら。かわいそうなパパ。いつかそこから出てこられたら、なでさせてあげてもいいわ。
今日はね、お姉ちゃんが大泣きしちゃったの。
ほんとは来月パパに会えるはずだったんだって。一年に一度だけ、パパはパソコンから出てきて、ママたちと会えるの。七夕みたいね。
ママもお姉ちゃんも楽しみにしてたんだけど、今年はだめになっちゃったんだって。
パソコンのなかの国ではよくわかんない名前の病気がはやってて、ひこうき(おうちとパソコンを結ぶ乗り物?)が飛ばなくって、そんな国から帰ってくるなってみんないじわる言って、だから帰らない方がいいんだって。
「ざんねん」
ママはがっかりって顔したわ。
「でも、しかたないな。何かあったら、この子がいじめられちゃうかもしれないし」
そしたらお姉ちゃんが泣き出したの。うわあん、うわあんって。びっくりしたわ、ついさっきまでにこにこしてたんだもの。ほんとにしあわせそうに笑ってたのよ。よっぽど楽しみだったのね。
ママは必死でなぐさめたんだけど、いつまでたっても泣きやまないもんだから、最後は大声あげてしまったわ。お姉ちゃんはびっくりして、いっしゅん泣き声が止まったけど、すぐまたもっと大きい声で泣き出した。
つられてママもおこってるんだか泣いてるんだかわからない声出してきいきい言うし、あたし、思わず逃げ出しちゃった。
ベッドの上にひなんしてたら、泣きべそのお姉ちゃんに抱き上げられた。ひっく、ひっく。はなをすすりながらぎゅうって抱きしめるのよ。痛かったけど、しかたないからおとなしくしていたわ。
いいわ、どうぞ。なでていいわよ。お姉ちゃんさみしいのね。ほんと、甘えんぼなお姉ちゃんだこと。
あたしを抱いてなでてるうち、お姉ちゃんはベッドの上で眠ってしまった。あたしも少しうとうとしちゃったわ。
気づいたらママがとなりにすわって、お姉ちゃんの髪をなでてたの。
「ごめんね」
言葉といっしょに、お姉ちゃんの頬に雨つぶが落ちたわ。しずくは頬できれいに弾けたの。あんまりきれいだったから、思わずぺろんとなめちゃった。雨のかけらはしょっぱかったわ。
そしたらまた雨つぶが落ちてきたの。おどろいて見上げたら、それはママのなみだだった。
あらあら、ママもさみしいの。
もう、しかたないなあ。特別よ。なでさせてあげる。
あたしはママのひざのあいだにまるまった。
ほんと言うと、じつはあたし、ママとお姉ちゃんになでられるの、きらいじゃないわ。あたしをなでてるうちに、ママもお姉ちゃんもやさしい顔になってくの。かなしい気持ちもあたまにきた気持ちも、不安な気持ちも、みんなどっかに飛んでっちゃうのかな。
その夜ママはずっとあたしをなでつづけた。そのうちなみだは止まったみたい。ほんとにふたりとも、あたしがいないとだめね。
(おわり)
ワタクシは猫ですの 久里 琳 @KRN4
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます