貧乏安楽椅子探偵のチャンス

タカナシ

「おうちで解決しよう」

 20xx年、とあるウイルスにより、緊急事態宣言が発令された。

 それにより人々は家から極力出ない生活を余儀なくされるのだった。


 キィ~と安楽椅子を揺らしながら相知虎守おうち こもるはため息を吐いた。


「ヤバイな。とうとう今月も依頼はゼロ。つまり収入もゼロ。むしろ助手の寄木よりきくんが居る分、マイナスなんだよな」


 相知虎守は安楽椅子探偵を売りにしている探偵なのだが、探偵の仕事の9割は浮気調査か探し人に探しペット。そんな中、家から出ずに事件を解決する探偵に需要があるわけもなく、雑居ビルの3階の一室で暇と空腹を持て余している。


 きゅるるる~とお腹が鳴ると、相知は細い腕で誤魔化すように撫でまわす。その腕の細さに見合った体躯はまるで針金のようにほっそりとしており、人相もお世辞にも良いとは言えず、一言で相知を表すならば『ゲッソリ』だ。


 相知は窓の外の曇天を眺めながら、霞を食べて生きていけないかな~と考え、安楽椅子から立ち上がると、おもむろに窓を開けた。


 新鮮な空気は入って来るが、空腹が満たされることはなかった。

 

「はぁ~」


 深呼吸なんだかため息なんだか自分でもよく分からない呼吸をしてから、この曇り空はまるで自分の心のようだと再び外を眺める。

 緊急事態宣言が出てからは人通りもまばら、どころかほとんどない。

 人通りと言えば、たまにカップルがこの先のホテル街へと消えていくくらいだし、最近聞いた声は助手以外では今もいる小鳥の声くらいであった。


「みんなおうち時間を過ごしているから依頼がないんだと思おう。うん。そうしよう」


 実際はその前から全然依頼はないのだが、それを認めてしまうとメンタルの弱い相知は天気と相まってどんよりと沈んでしまうので、あえて、あえて考えないようにしている。そんなとき、スマートフォンが軽快なメロディと共に震えた。


『あっ、もしもし、先生。生きてます?』


 電話の相手は助手の寄木空よりき そら

 昔、相知が解いた誘拐事件の被害者でそれ以来、助手として勝手に上がり込んでいる。

 緊急事態宣言が出ていることもあり、今は助手の寄木とも通話でのやりとりに徹している。

 

「寄木くん、毎回ボクの生死確認しなくていいだよ。死んでたら電話に出れないからね。まぁ、ボクが今にも死にそうな見た目だというのは自覚しているけども……」


『そんなことないですよ! 寄木フィルターを通った先生は今日も男前ですよ!』


「完全に色眼鏡で見てるよ。それ」


『そんなことより、ところで先生、今回の緊急事態宣言、どう見ますか?』


「どうって、大変だな。早く収まらないかなってくらいだが」


『はぁ、どうして先生は難事件以外は鈍いのですか? まぁ、古今東西名探偵は金策には疎いことが多いですから仕方ないのかもしれませんね。 で、先生この緊急事態宣言はチャンスなんですよ!』


「チャンス?」


『はい。今は緊急事態宣言で皆さん家から出ない生活を送っています。所謂おうち時間ってやつですね。ですが、そんな中でも事件は起きるのです!』


「まぁ、そうだろうねぇ」


『ですから、今こそ、家から出ずに解決する安楽椅子探偵が活躍するときだと思いませんか! 他の愚鈍な探偵たちは足を使ったりして様々な場所へおもむき張り込みしてようやく依頼を達成しますが、それを封じられた今、安楽椅子探偵の先生にスポットが当たるときがきたのです!!』


 力の入った寄木の声がスマホから響き渡り、思わず耳から遠ざける。


「いやいや、殺人事件とか誘拐事件とかならまだしも、浮気調査とか人・ペット探しは家から出ないと無理でしょ」


『そんなことはありませんよ! 先生ならば自ら出歩かなくとも事件を解決するなんて容易いですよ』


「期待が重いんだが……。そもそもボクが安楽椅子探偵をやっているのは外に出たくないからなんだけど」


『なるほど。先生はすでにこの状況を推理していて、日夜鍛えていたのですね。やはり他の探偵なんかとは一味も二味も違います』


「寄木くんのボクの持ち上げ方が怖いんだけど……」


『それならば、尚更、この期に乗じてしっかりと先生のことを宣伝し、依頼を掴み取りましょう!! 実はポスターを試しにいくつか作ってみたので見てください』


 すぐにスマートフォンにポスターのイメージ画が送られてきた。

 そこには――。


『おうちからでも、あなたの浮気見てます! ダメ、絶対!! NO MORE 浮気!!』


「色んな犯罪防止ポスターが混ざってる!! これは色々ダメなんじゃないか!? しかもおうちから見てるとか物理的に無理でしょ。なにこれ、ボクがむしろ盗撮犯だからね!」


『先生、そんなに大声で喋れたんですね。酸欠とかになってないですか?』


「気にするとこ、そこっ!?」


『大丈夫です。これがダメそうなのは想定内ですから』


「なら、なぜ作ったし」


『次が本命ですから』


 再び画像が送られてくる。


『あなたの探しモノ、探しません!』


「仕事しないじゃん!! 探偵としてダメダメじゃない!? せめて探し歩きません! でしょ!!」


『えっ、でもインパクトはすごいあると思って……』


「確かにインパクトはあるよ。悪いほうにねっ!」


『そうですか。すみません。本当に先生に依頼があればいいなと思って良かれと思ってやったんですけど。迷惑だったみたいですね……』


 しょぼんとした寄木の声に相知は狼狽えながら、「そんなことはない。気持ちは嬉しい」と伝える。


『そうですかっ! いや~、良かったです。実はもうポスターばら撒いてまして、SNSでも拡散しちゃったんですよ』


「おい。寄木くん、確認犯でしょ」


『ええ、先生を有名にしたいという思いから正しいと信じてとった行動ではありますので、確信犯かもしれないですね。流石先生、正しい意味での確信犯を使うとはっ!』


「いや、確信犯ってそういう意味なの?」


『さて、話は元に戻しまして、ちゃんと普通のポスターで宣伝したところ――』


 寄木が正式に出したポスターは『安楽椅子探偵おうち時間マスター、相知虎守が皆様に迷惑を掛けず、家から出ずに解決します。お気軽にご相談を』という一応普通のポスターではあった。

 備考欄には寄木の電話番号やチャットのアドレス。料金設定、メリット・デメリットなどが表記され、信用できそうな広告となっていた。


『なんと、2件も依頼が来ました。依頼内容は、浮気調査とペットの捜索ですね』


「いやいやいやいや、そんなん家から出ずに行うの無理だから」


『まぁまぁ、そう言わずに。資料送っておきますね』


 相知は送られた資料に目を通すと、


「ん? この浮気調査の男ってさっきここを通ったカップルの男だな。あと、ペットの鳥も最近毎朝さえずりに来てるやつだぞ」


 相知は翌日、スマホのカメラで男の写真を撮り、なけなしのパンクズを窓辺に置いてペットの鳥を捕獲した。


「あ~、なんか、出来てしまった」


 依頼終了を寄木に伝えると、これ以上ない喝采を浴びせられた。


『流石先生です!! 大好き! 結婚してください!!』


「いや、寄木くん、キミみたいな美少女の令嬢がこんな貧乏おじさんにそう言う事は冗談でも言わない方がいいよ」


『むむむっ、冗談じゃないのに。ほんとう、難事件以外鈍いんですからっ!!』

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貧乏安楽椅子探偵のチャンス タカナシ @takanashi30

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