小さなサボテン

回道巡

小さなサボテン

 「えぇっ、あのバイト先クビになったのか!?」

 

 スマホのスピーカー越しに高校時代からの友人である富田が派手に驚いている。

 

 「そうなんだよ……店が本気で潰れそうなんだってさ」

 「まあ飲食店だしなぁ……」

 「けどさ――」

 

 その後もしばらく愚痴とか不安を言い合ってから通話を切った。

 

 「…………」

 

 無言になったことで、しんとした部屋の中で温度までもがさっきよりも下がってきたように感じられる。

 

 

 

 富田と僕は、去年の春に同じ大学へ進学し、もうすぐ一緒に二年生へと進級を控えていた。

 

 コロナのせいで、せっかく入れた大学でリモート授業ばかり受けることになったのは本当に残念としかいえない。……まぁ、それがなければ一生懸命に勉学に励んだのか? といわれると、きっとそんなことはないと思う。

 

 だけど、講義の最中に居眠りをしたり、それでレポートや試験で苦労したり、そういうこともしたかった。

 

 淡々とディスプレイに映る講義を受け、レポートを黙々と作成して、進級が決まった。電話で報告した実家の両親は、喜ぶよりもほっとしたようで、何度も何度も僕のことを褒めてくれた。

 

 本当だったら、バイトに精を出し過ぎて単位が危なくなったり、それで電話越しの父さんに叱られたり母さんに心配されたりしたのかな……?

 

 「やめやめっ!」

 

 暗くなってきた気分を振り払うようにわざわざ声に出して言う。

 

 探してみると、バイト先ならないこともない。結局ほとんど新しい友達は増えなかった大学一年目は思い出すと悲しくなるけど、富田みたいに愚痴を言い合える相手はいる。

 

 「”ステイホーム”で家にいろっていうんだし、何か始めようかな……?」

 

 ゲームをしたり、本を読んだり……、元からしていたことの時間が増えたばっかりで、考えてみたら最近は何も新しいことをしていなかった気がする。

 

 「おうち時間、おうち時間……ねぇ……」

 

 考えても何も浮かばないなぁ、意外と。

 

 「……コンビニ行こ」

 

 とりあえずは今日の晩御飯を調達しに行くことにした。

 

 

 

 深く考えることもなく、パスタとおにぎり二つを確保する。

 

 「ペペロンチーノ……。子供の頃からずっと好きだったけど、飽きてきたのか最近味気ないんだよねぇ……。もしかして経費削減で味付け変えられてたりして」

 

 考え事が口に出ていたみたいで、近くで棚を見ていた店員さんからじろっと視線を向けられた。

 

 それはそうと、食べ過ぎかなぁ……? 体重もちょっと増えてきてるし。それに偏り過ぎてて不健康かも。

 

 そんなことを考えながら、追加でサラダもとりつつレジに向かう。

 

 「んん?」

 

 小さな鉢に植わったサボテン。こんなもの置いてるんだ、コンビニって。

 

 「えっと……」

 

 手に取っていた商品を片手でうまく支えて、空いた右手でスマホを触る。

 

 「へぇ、初心者でもお手軽……か」

 

 それほど難しい手入れなんかをしなくても育てられるらしい。まぁ、そうだからコンビニの棚で陳列されてもいるのだろうけど。

 

 「よし」

 

 それ以上深く考えるでもなく、なんとなくだけど、そのサボテンも一緒にレジへと持っていった。その日のペペロンチーノは、何故だかちょっと味が濃くておいしかったように記憶している。

 

 

 

 それから、数日後。電話しただけであっさり決まった次のバイトを報告しようと、僕はまた富田と通話していた。

 

 「よかったな!」

 「おう、ありがと」

 

 基本的に優しい富田は声を弾ませて一緒に喜んでくれる。けど、優しい反面、ちょっと気弱なのがこの富田だ。

 

 「けどなぁ、こんなのいつまで続くんだろ? もうさぁ――」

 「なあ富田」

 「――っ、ん?」

 

 愚痴モードに入りかけたのを遮った。別に何か言いたいことがあった訳でもないし、富田の愚痴を聞きたくなかったという訳でもない。

 

 「最近サボテン育て始めてさ。実は毎日話しかけてるんだよね」

 「へぇ、……ははっ。なんだそれ」

 「いや別に、それだけ」

 

 富田が気の抜けたように吹き出した小さな笑い声に、何となく僕の口角もちょっとだけ上がっていた。

 

 「それで? 何か言いかけてたけど」

 「ん? ああ……いいや別に。てか、俺も何か育てようかなぁ……、何がいいと思う?」

 「富田もかよっ。盆栽とかどう? お前って昔から僕より几帳面なとこあるし」

 

 軽い気持ちで話した僕の提案に、富田も意外と乗り気で、その後も二人してしばらく談笑したのだった。

 

 別にサボテン一つで現実の何が変わったって訳でもない。だけど俯いたらサボテンの針がちくちく顎にささってくるようで、ちょっとだけ顔を上げていようかなって、そう考えるようになったってだけだ。

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