水仙〈下〉

いびつでしょ」


 彼女は身を引いて、今度は聞こえるように、


「その方が素敵なんだもの」


 と言った。


「わたし、六人付き合ったことあるんだけど、うまくいかなかったんだよね」


 楽しそうだ。


「どのカレもイケメンだったけど、なかなかわたしのお願い聞いてくれないし、なんにも奢ってくれないのよ」


 酷いでしょ。

 わたしは、本を開けようか迷った。しかし結局、手は膝の上で落ち着いた。(こんな話は御免……)


「でもねぇ……この人はちがうの」

 ふん。と隣の男が鼻を鳴らした。意気がっているのではなく、むしろ照れている。


「完璧な人ほど醜いなんて、気づかなかったわ」

「歪な方が綺麗?」

「そう。絶対そうよ。完璧な人は、誰もわたしを可愛がってくれなかったのよ。わけわかんないわ」


 完璧な彼氏は、完璧なわたしを愛してはくれなかった、か。

 口に運んだケーキは、酷く甘いように感じられた。(なんて自尊心の塊)

 退屈な会話に時間を飲み込まれていく。それでもわたしは、その時間を無駄だとは思わなかった。ただ、無意味なだけだ。

 別れ際まで、彼女はその紅く潤んだ唇から、愚痴を垂れ流していた。閉じてさえいれば、綺麗な人なのだろう。でも、洪水のようにあふれる自己顕示欲と欲求不満は、人を惹き付けるには無理があった。

 彼女の夫は、豚は、きっと幸せなのだろう。豚を愛してくれる人間なんて、いないから。(彼女は人間なのか?)





 膝の上の本を閉じた。朝日は昇り、昼の光になっていた。部屋は薄暗いまま。病的な青白さを湛えたまま。

 サイドテーブルに置かれた、白くてなめらかな花瓶。触れればそれは、人の肌を感じさせる。

 その花瓶から、咲くのは。



(花言葉は、

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