第11話 ある日の放課後4

 ヒトミと共に第二図書室へ赴くレイジ。

 丁度ニコが部室に入ろうとしているところだった。


「ういっす」

「どうも、先輩方」


 三人が扉を開くと、そこには普段とは明らかに異なる劇画調の顔をしたシノンが、腕を組み鎮座していた。

 いつものゲーミングチェアにではなく、他の部員と同様の椅子に、だ。

 明らかに声を掛けてはいけない人間の顔だ。

『やめとけ』と思ったが、ニコが声をかける。

「どうしたんですか? 先輩」

 ずっと沈黙を守り続けてきた(であろう)シノンが口を開く。


「……、もうすぐ"princess abyss"のメンテが明けます……」


 どうやらソシャゲのメンテ明けを待っているようだった。

 因みに"princess abyss"とはシノンが絶賛ハマっているソシャゲであり、レイジ達も彼女の布教によりプレイしている。

「今回の更新で、推しキャラの期間限定スキンが追加されますの。この日の為にずっと石を溜めてきました」

 何かしらのソシャゲをやっている人間には、避けては通れない道だ。

 レイジ、ヒトミ、ニコもその心中は察する。しかし、シノンはお嬢様だ。

「出るまで回せばいいじゃないか」

 資金力にモノを言わせ、当たるまで引けばいいんじゃなかろうか。

「私、お小遣いは通信費込みで月2万円ですのよ? 天井までなんて回せません!」

 月5千円のレイジには羨ましい金額だが、彼が想像する世間一般的なお嬢様のイメージに反し、思ったよりも少ないと感じる。


 そして、地獄のメンテ明けがやってきた。


 メンテ明けと同時にガチャを回し始め、順調に石を溶かしていくシノン。

 嬉々として見守る三人。何故、他人がガチャを回している光景を見るのはこんなに楽しいのであろうか。


 百連を回した頃からだろうか、段々と動作が緩慢になってくる。

 顔にも余裕が無くなっていることを、傍から見て取れる。

 流石にそろそろ限界だと感じたのだろうか。

「……、今回はこの辺で……、撤退します。来月のピックアップにも石を取っておきたいですし……」

 いつになくか細い声で呟く。


 しかし悪魔三人は逃がさない。


「石が残ってる限りイケますよ先輩! 波来てます、波。私聞こえます。パケットの声が! 『あたりを運びますよ~~』って言ってます」

「パケットの声!?!?」

「遠隔されてるんだよ遠隔! 今悪い電波を断ち切るから!」

「ヒトミさん? 人の頭にアルミホイルを巻き付けるのは止めてください!!」

「仕方ねぇな……。ほら、低周波体感機。ビリっと来たタイミングで引くんだぞ」

「レイジさん!? 貴方刑法に触れてないですわよね!?」


 人として極悪非道の限りを尽くす三人。

 こういう時に息が合うのは、流石多くの時間を共に過ごしているだけのことはある。

 だが、流石に金銭関連で無理強いはできないことも承知している。

 意気消沈しているシノンに声をかけるレイジ。

「まぁ……、今回は残念だったな。大体こういうのって復刻があるから、次の機会を待てばいいんじゃないか?」

 ヒトミも同様にシノンを慰めている。

 どんよりとした空気が部室内に立ち込める。正直居づらい。


 その空気を吹き飛ばすようにニコが呼び掛ける。

「私たちもガチャ回してみてはどうでしょうか。先輩の推しキャラが出たらトレードで先輩に差し上げればいいのでは?」

 良い考えだと思った。

 あれだけ煽っておいて何だが、同じ部活の仲間が凹んでいるのはやはり見ていて辛い。

 少しでも可能性があるのならそれに賭けてみる価値はある。

 各々のスマホを取り出し、アプリを立ち上げる三人。

「皆さん……、ありがとうございます」


 一番早くアプリを起動できたレイジから挑む。

 これでもかと言わんばかりに射幸心を煽る演出が、液晶で繰り広げられる。

『この演出に頭を焼かれるんだろうなぁ……』、と思いつつ数十回ほど回してみたが、結果は芳しくなかった。

「やっぱ魚群出ないとダメだな。魚群」

「何言ってるんですか、先輩?」


 次にニコが挑戦する。

 軽快に液晶をタップしていくが、レイジ同様当てることはできなかった。

「私もダメでした。今回かなり絞ってるような気がします」


 残る希望はヒトミだ。

 縋るようにヒトミの液晶を除き込む三人。

「ちょっ…皆近いって…。」

 そう言いつつ、"回す"ボタンをタップするヒトミ。

 そうすると今まで見たことも無いような演出と共に、"キュイン"と言う音がスマホから鳴る。


「今文字が虹色だったぞ!」

「これ来てますよ先輩!!」

 騒ぐ二人と祈るシノン。これですり抜けだったら目も当てられない。

 少し待つと、眩い光の中からキャラのシルエットと"極光の姫騎士 アウローラ"の文字が現れる。

「これです! これ! このキャラです!!!」

 今にも小躍りしそうなシノン。

「やりましたね!先輩!」

「ホントに……、ありがとうございます、ヒトミさん。」

「まさかホントに当たるなんて……。」

 一番驚いているのはヒトミだ。

 まぁ当然だろう。1回の十連で0.0034%を引き当てたのだから相当な豪運の持ち主だ。

「じゃあシノン、トレードしよ? パスワードは※※※※で交換募集掛けるから、何か適当なキャラを選んで?」

「はい!!わかりましたわ!!!」

 念願のキャラを手に入れることが出来てはしゃぐシノン。

 早速スクショを取っている。SNSにでも上げているのだろう。

 気になり、フォローしているシノンのアカウントの呟きを確認する。


『一発で出ました!!』

『これからはアウローラが人権だからww』

『爆死した奴wwwww』


『コイツいつか一回痛い目を見てほしい』、そう思うレイジであった。


 放課後は続く。

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放課後は踊る クラリア @ragias

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