ごごcafé

上月くるを

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 ここだけの話だが、ヒヨリはコロナ自粛をそうわるいことだとは思っていない。


 もともとが変わり者で友だちは少ないし、世間一般の同年代の女性たちのように喫茶店で何時間も世間話に興じるということが得意でなく、いや、むしろ、苦痛の極致で、うわ~んという騒音&体臭混じりの熱気は、持病の偏頭痛の大敵である。


 あんな辛い思いをして時間と心身をすり減らすくらいなら、ひとりで家にいて、カクヨムを書いたり読んだりしているほうがずっといいと、心底から思っている。


 地元の短大を卒業してひたすら勤め上げた印刷会社のDTP編集部を定年退職したのは3年前。職場結婚した夫とはふたりの子どもが自立したときに別居しており、この先も同居の予定はない。対立して別居したわけではなく、お互いの自由を尊重したかっただけだから、これからも付かず離れずの関係を貫きたいと思っている。


 ヒヨリは、家族といえど、べったり密着した関係を好まない。

 それぞれ家庭を持っている息子や娘、そのパートナー、孫たちとも適度な距離を保っているし、たまに外で食事をする夫とも良好な関係を築けているはずなので、コロナ自粛と言われても、今までどおりのスタンスをつづけるだけの話なのだが、どうやら近所の家々ではそうはいかないらしい。


 30代の若夫婦が住む隣の家族は、一家を挙げての熱狂的なサッカーファンで、シーズン中は毎週末、地元チーム「空拳」のサポーターとして全国各地へ貸切バスで出かけ、小学生の子どもの月曜日は、眠気や疲労との闘いになっていたらしい。


 ところが、いきなり試合がなくなってみて、あらためてサッカー観戦がストレスの発散になっていたことに気づいたらしく、一時は揉め事が絶えなかったようだ。


 一方、斜向かいのシニア夫婦の家には、入れ代わり立ち代わり子どもたちが家族連れでやって来て、広い庭でにぎやかに行われるバーベキューの匂いが洗濯物にも付くほどだったが、コロナ禍発生以来、嘘のようにひっそりとし、いやでも夫婦で向き合わなければならなくなって、やはり、一時は険悪な雰囲気になったらしい。


 ほかの家でも、多かれ少なかれ似たような状況であるらしく、それまでお節介で詮索好きな妻たちから「ひとりでさびしくない?」「お子さんたちは来ないの?」と同情されていたヒヨリは、「ひとりだと感染の心配がなくていいわね」「うちの夫ったら無神経で困るのよ」にわかに羨ましい存在に格上げされることになった。


 対策が後手後手にまわっていると、呆れたり批判されたりしながらも、二度目の緊急事態宣言の解除をずるずる先延ばしにしている関係者の本音は、まだ遠い収束の時期を明確にさせないまま時間を稼ぎ、未曾有の難局を乘りきろうとしている。


 いつもひとりでいる分、批評眼が尖りがちなヒヨリの目にはそう見えるが、若い世代のためにも感染予防と両輪の経済さえしっかり立て直してもらえば、わざわざステイホームと言われなくても、とっくに家に居た身にはどうということはない。


 さあて、退職記念に奮発したアンティークな安楽椅子をリクライニングにして、お気に入りのラジオ『武内陶子のごごカフェ』でもゆっくり聴くといたしますか。

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