ヒドラ日和
管野月子
ほどよく荒れた砂嵐の午後
「ヒドラ……ってあれでしょ? 体が犬みたいで、首がいくつも分かれた蛇の頭になってて、毒を吐くっていうの」
「そうそうそれ!」
「そんなの飼って大丈夫なの?」
モニターの向こうで呆れた顔が言う。
ニンジン色の美味しそうな髪色が陽射しでキラキラしていて、長い睫毛とか形のいい眉とか、カッコよく端の上がった唇とか、弟の僕が見ても自慢のお姉様は、今日もイイカンジで美人に映っている。
衛星コロニーは晴れなんだなぁ……と、のんびり思いながら。
「犬っていうか、どっちかっていうとトカゲみたいな体なんだよね。ほらほら」
「キャウ?」
「うっわぁー」
露骨に顔をしかめられた。
可愛い声で鳴いたのに。
いや、こいつちょっと可愛いよ。頭はまだ三つで、手のひらサイズ。鱗とかニンジンの葉っぱみたいな色の、コガネムシっぽくてキレイだし。今のところ毒も吐いてないし。
「我が弟ながら、そのシュミはわからんわぁー」
「姉ちゃんところには送らないから安心して」
「送られても困る。で、なにそれどこで見つけたの?」
「ほら、先日、街外れの時空歪曲空間に現れたモンスターの討伐が、ひと段落したって聞いてさ。戦場跡に行ってみたらキレイな石が落ちてたんだよね」
「それ、拾って帰って、卵だったってオチ?」
「あははは~。あたり~」
「キャキャウ?」
たぶん僕は今、すっごくいい顔で笑ってると思うよ。
いやだって、本物のモンスターを手に入れたんだから笑顔にもなるでしょ。ロマンでしょ。
「あのねぇ、何でも拾って来ちゃダメだって、言ったでしょ! ちゃんと飼えるの? 生き物なんだからね? 大きくなって暴れたらどうするの! 餌代だってかかるし、散歩もしないと。鳴き声だって大きかったら、ご近所から苦情も来るわよ!」
「姉ちゃん、煩い」
「アンタが考えなしなのよ!」
いいじゃん、懐いてるんだら。
ちゃんと責任もって面倒見るし。育て方だって調べてるし。
「モンスターって赤ちゃんの頃から育てたら、あんまり狂暴にならないんだって。餌も虫とか野菜なら大きくならないって話だし、毒にも色々種類があるみたいだから。それにね、ちゃんと飼育登録して観察日誌を送ると、補助金も出るんだよ。モンスターの生態研究に役立つからね!」
そんなに大金じゃないけど。
とりあえず、僕は「どうだ!」と胸を張って見せる。
姉ちゃんは……まぁ、まだ、微妙な顔つきだけれど、僕が何も考えずにヒドラを飼い始めたわけじゃないってちょっとは分かってくれたかな。
「まぁ……いいわ」
大きなため息ひとつ。
「姉ちゃんにも観察日誌送るよ」
「イラナイ。その代わり、毒にやられて死んでないか、生存報告だけして。それと宿題もちゃんとやりなさいよ。落第なんて姉ちゃん、許さないから」
「そんなぁ、小学生じゃないんだから」
「中校生にもなって、子供みたいなことやってるからよっ!」
何だかんだと、
まぁ、親代わりなんだからその辺りは多少目を瞑るか。
けっきょく、それから、五分あまり、姉ちゃんは一通りお小言を言ってから、やっとモニターを切った。次の通信枠が空くのは一週間後かな。
メールならもっと頻繁にもできるし、うん、ちょっとサボらないで、こまめに生存報告はしよう。
「さぁーてと、何しようなぁ」
「キャウ?」
「砂嵐が止むのは明日の昼過ぎって予報だから、それまで引きこもりか」
寝室が隣に一つついているだけの、小さな部屋。
姉ちゃんが衛星コロニー勤務になって、広い部屋は要らないからと引っ越したのだけど、この子が大きくなるようだったら、ちょっと考えないとなぁ。
「ひーちゃんはあんまり大きくなるなよ。ほどよいサイズでお願いします」
「キャウ!」
僕の言っているとが分かるのか、返事は元気だ。
「よしよし、今日のおやつは小松菜にしようか。嵐が過ぎたら虫取りだ」
「キャーウ!」
「僕はねぇ、将来はいろんなモンスターを見つけたり、採集ができるようになりたいんだよねぇ」
これはまだ、姉ちゃんにも話していない夢なんだよ。
「なんか世の中、終末だ、滅亡だとか言っているけれどさ、時空が歪んで異世界の生物が現れるようになったなんてさ、ちょっとわくわくしない? 核爆弾処理するの失敗したせいらしいけど、こんなことも起こるんだねぇ」
お湯を沸かしながら僕は呟く。
今日はカフェラテにしようかなぁ。合成ミルクも最近はなかなか味がイイ。
ヒドラのひーちゃんは首を傾げながら、僕の話を聞いている。
「この地球はもう用済み、みたいにたくさんの人が地上を離れて、コロニーだとか火星だとか月に行っちゃってさ。友達も……ずいぶん移住しちゃったから、なぁーんか寂しいっていうか。僕も無重力耐性があれば、姉ちゃんと一緒に地球を出られたんだけれど……」
こればっかりは体質だからしょうがない。
僕は、一生、この地球を離れられない。
まぁ、
新生物の活用は、新大陸を見つけた時みたいに画期的だと思うんだ。
地球の環境はめちゃくちゃになっちゃったから、こうやって時々、嵐が過ぎ去るのを待たなくちゃいけないけどさ。日々歪んでいく新しい大陸の地図を見ながら、未来を想像するのって楽しいじゃないか。
「ひーちゃんとだって、出会えたわけだし」
手頃な大きさに切った野菜を皿に出す。
工場で出来た小松菜は、ライトの種類を調整して最近、更に味が濃くなったんだ。ひーちゃんの口に合えばいいなぁ。
「モンスター採集の冒険者。格好良くない? ひーちゃんが相棒になったら、心強いな」
「よのなか、そんなに、あまくないわよ」
「そうかなぁ……」
「キャァウ?」
………………あれ?
今、変な声がまざったぞ。
「ヘタレなオマエが、どこまでできるか」
三つある頭の一つが、冷めた視線で僕を見上げている。
これは、もしかすると。
「今の、ひーちゃん?」
「アタマがみっつあるのに、まとめてよばないでくれる?」
「わぁ……」
新発見だ!
「喋れるんだ!」
「たまごのときから、うるさく、いわれたら、みっかでおぼえた」
卵を拾って生まれたのが五日前の話だ。ということは……。
「えぇぇっ! すごっ! ってか……ずっと喋れるのに、黙ってたの?」
「オマエがあまりにバカで、だまって、いられなくなった」
「キャワァゥ」
残る二つの頭が感心するように一つの頭を眺めている。
「残りの二つの頭は……その、喋れないのかな?」
「ふん、こいつらといっしょに、しないでくれない?」
「キャワ!」
ちゃんと僕の言葉を理解している。
これは、新発見だよ。そうか、頭が違うと個性……もとい知能も違うのかな。さっそく姉ちゃんに報告――は、もう少し様子をみよう。それこそ、珍しい個体だとか言われて回収されたら寂しいし。
そうなんです。僕、けっこう寂しがり屋なんです。
「面白いなぁ……ささ、どうぞ、小松菜食いねぇ」
「キャウ」
「ドレッシングがほしいわね」
「塩コショウならありますが」
「コショウはいらね。アタマみっつ、ハナもみっつあるのよ。くしゃみしたらたいへんなことになるでしょうが、バカかオマエは」
なかなか饒舌だ。というより――。
「ひーちゃん、けっこう、毒舌だね」
姉ちゃん、僕はヒドラの新しい毒を発見しました。
ヒドラ日和 管野月子 @tsukiko528
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