管理者のお仕事 ~箱庭の中の宝石たち~ 番外編 ロザリーのおうち時間

出っぱなし

第1話

「じゃあ、行ってくるぜ、ロザリー。」

「行ってきますニャ、ロザ姉たま!」

「うん、いってらっしゃい!」


 私は、冒険者ギルドへと仕事を探しに行くアルセーヌとレアを玄関で見送った。

 大学が夏休みの間は私も一緒に行っていたけど、夏休みが終わってからは別行動だ。

 レアが甘えたようにアルセーヌの腕に両手で抱きつき、アルセーヌは笑いながらレアの頭を撫でている。

 相変わらず仲の良い二人の後ろ姿を見ている私は思わず笑みがこぼれた。

 

 いつもなら、私もこれから大学に出掛けるけど、今日は突然休講になってしまったので、今日の私はお留守番だ。

 本当は私も一緒に行きたかったけど、その分の自習レポートを書かないといけない。

 私の担当教授は、魔術ギルドの幹部も兼任しているので、たまに突然休講になることがある。

 ほとんどの大学教授は、他の仕事との兼業なので、仕方がないのかな?


 さて、レポートを書く前に、一通り家事を済ませようっと。


 まずは、噴水広場で汲んできたキレイな水を使って、朝食の洗い物。

 今は夏ももう終わり、秋になろうとしている。

 昼間に外に出ると日差しは強くてまだ暑いけど、朝晩は少し空気が冷えて、水が少し冷たい。

 でも、水が主属性で、氷魔法が得意な私はへっちゃらだ。

 今日は少しのんびりした朝だから、気分が良くなってきて思わず鼻歌を歌ってしまう。


「よーし!キレイになったわ!」


 次は、お部屋のお掃除だ。

 今借りているこの部屋は、半地下にあるので空気の流れが悪い。

 だから、たまに換気をする必要がある。


「風の精霊よ、空色の魔術師の願いを聞き給え。かすかな羽ばたきによりて、清らかな風をめぐらさんことを。操風アウラ!」


 私が魔法を詠唱すると、風の精霊がやって来て、喜んで淀んでいた空気を入れ替えてくれた。

 本当は、操風アウラは無詠唱でもしっかりと発動できるぐらい簡単な魔法だ。

 でも、こうして精霊に丁寧に言霊を使ってお願いをした方が、より高い効果が発揮される。

 レベルの高い魔術師ほど、精霊との関係は良好で、敬意を払っている。

 風の精霊たちは、空気だけじゃなくて細かいチリも一緒に運び去って部屋中キレイにしてくれた。


「ありがとう!うーん、空気がおいしい!」


 私がニッコリとお礼を言うと、風の精霊たちは元気にどこかへと帰っていった。


 あとは最後に洗濯をして、最低限の家事は終わりだ。

 

「あん、もう!アルったら、裏返したまんまじゃない!……あ、レアも!」


 私がモンモリロナイトの洗剤で、みんなの分の布の服を洗おうとしたら、二人共脱ぎ散らかしたままだった。

 私は腰に手を当てて少し怒ったけど、私がまとめて洗うって言ったから仕方がないかとため息をついた。

 私はハッとして、自分がアルセーヌが脱いだ下着を手に持っていることに気が付いた。

 私は、そっとその下着を顔の近くに持っていこうとした時だった。


「……何してるんだニャ?」


 半地下の窓の外から黒い毛並みのケット・シーが覗いていた。

 私は大慌てでアルセーヌの下着を投げ捨てた。


「な、なな、何でもないわよ!」

「そうなのかニャ?顔が真っ赤だニャ?」

「う、うるさいわね!ひ、人の家を覗いて何をしているの!」

「うにゃ?ここボクのお散歩コースだニャ。いつも誰もいないのに、変だニャって見ていただけニャ。」


 ケット・シーはちょこんとおすわりをして、不思議そうに首を傾げた。

 その仕草が可愛すぎて、怒る気が一気になくなってしまった。

 

「……はぁ、そうね。いつもはこの時間はみんな出掛けてるからね。」

「ふーん、そうなんだ?……ねえねえ、ボクお腹すいたからゴハン頂戴?」

「はぁ!?何でいきなりそうなるのよ!図々しいケット・シーね!」

「ええ?くれないの?……じゃあ、さっきのこと言いふらしちゃおっかなぁ?」


 と、ケット・シーは、口端を大きくニィっと持ち上げて意地悪そうに笑った。

 

 ぐぬぬ!

 それはまずいわ!

 

「わ、分かったわよ!じゃあ、洗濯終わらせるまで待ってよ!」

「うん、いいよ!……あ!ボク、クロ、よろしくね!」


 と、クロはずる賢そうに笑って窓に手を置いて肉球を見せた。


 私が洗濯している横でクロはニャーニャーと話しっぱなしだった。

 近所の誰それが何だと、そういうゴシップばかりだった。

 私はこのお喋りなケット・シーに暇つぶしに遊ばれているようだ。


「ねえねえ、何食べさせてくれるの?」

「ウチには、ネコの獣人もいるから同じ肉にするわ。」

「ええ、ヤダ!ボク、グルメだよ?」

「はぁ、贅沢ね!」


 偶然にも、昨日冒険者ギルドの受付のマリーから、高級食材の虹色ウズラをもらっていたので、もったいないけど今焼くことにした。

 

 私の分はオーブンでしっかりと焼いて、クロの分は生で出す。

 ケット・シーは、小動物を丸ごと食べるので、下手に料理をしないほうが良いのだ。

 でも、私は生肉は食べられない。

 

 まずは、虹色ウズラをさっと水洗いをして水をしっかりと切る。

 お腹に細かめのザク切りにした玉ねぎとローズマリー、マンドラゴラを少々詰める。

 マンドラゴラは、滋養強壮の効果があり、魔力の回復にも役に立つ。


 それから、表面に塩胡椒してから胴体部分に薄切りベーコンを巻きつける。

 虹色ウズラは脂身の少ない肉なので、ベーコンを巻いてコクを出す。

 足にも薄くオリーブオイルを塗っておく。

 

 そして、予熱したオーブンで30分ほど焼くと完成よ!


「うにゃー!う、美味いニャ!!」

「そう、良かったわ。」


 私はツンとすましつつ、まっしぐらに虹色ウズラを貪るクロを横目に、自分の分を食べた。

 

 あら?

 我ながら上出来だわ。

 二人が帰ってきたら、夜に一緒に食べようっと。

 一緒に作っておいた他の虹色ウズラをオーブンの中で保温しておいた。


「ニャー、美味かったニャ!」

「あ、こら、ちょっと!」


 クロは、食べ終わると私の膝の上でゴロンと丸くなった。

 すぐにすやすやと眠ってしまった。


 私はレポートを書こうと思っていたのにと困ってしまったが、クロのもふもふとした毛並みを撫でていると、自分も眠くなってしまった。

 私はクロと一緒にウトウトとうたた寝をしてしまった。


「たっだいま!」

「ただいまですニャ!」


 アルセーヌとレアが帰ってきた声に、ハッとして私は目が覚めた。

 膝の上にいたはずのクロはいなくなり、いつの間にか日が傾いて暗くなり始めていた。


 あ!

 レポート書いてない!


 私は、今夜は寝不足になりそうだとがっくりとしてしまった。


「どうしたよ、ロザリー?」

「うう、実は……」

「お!いい匂い!何作ったんだよ?」

「ウニャン!レアもうお腹ペコペコですニャ!」


 仕事から帰ってきた二人は、真っ先に声を上げてオーブンに向かっていった。

 私は二人の笑顔が見れて、まあいいか、と夕食の準備をした。


 二人共最高の笑顔で食べてくれ、私も嬉しくなって一緒に笑った。

 あの図々しくも不思議なケット・シーが、今夜の幸せを運んできてくれたのかな、と思った。

 本当に、二人と一緒に住めて幸せな日々だった。

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