魔王を倒したら裏切られた元勇者、ゴブリンに辛勝したら奴隷の少女が(ヤン)デレた

エテンジオール

第1話

まず最初に感じたのは驚きだった。



いきなりだが、気がついたら異世界に召喚されて勇者扱いされてとりあえず頑張って魔王を倒したら仲間が一人を残してみんな荷物やら権利やら立場ごと消えていた時のことを想像してみてほしい。まず感じたのはなんだっただろうか?正解については十人十色だろうが、俺の場合は驚きだった。


ひとまず残されたものの確認をしよう。


貫頭衣


奴隷


置き手紙


以上。


現在地は崩壊した魔王城。目の前には全身のあらゆる筋肉がちぎれた挙句心臓を抉り取られた魔王。城の周りでは露払いの騎士達が下級の魔物と死闘を繰り広げており、とてもじゃないけれど貫頭衣で出て行って生き残れるとは思えない。勇者なら戦えよと思うかもしれないが、勇者の象徴である聖剣を持っていない俺なんて村人Cくらいの力しかないので戦う=死と言った状況だ。



「ご主人様、ご主人様、戦う力を失った哀れでしょうがないご主人様。そうやって惚けているくらいなら置き手紙でも読んでみたらいかがでしょうか?」



俺の無様な姿を底冷えするような瞳で俺を蔑み見下して来る(見た目だけは)この上なく可愛らしい奴隷の少女。純潔を守る百合ような可憐な少女。でもそれに惹かれて手を出そうとした俺の心をズタズタにしてくれた愛しの奴隷少女。白く長い髪を無造作に流し、紅の瞳に侮蔑の感情を浮かべる、愛らしい猫耳と猫尻尾を付けた少女。


奴隷として縛っているが為に残らざるを得なかったのであろう少女の言葉通りに置き手紙を開く。



“哀れな勇者様へ


結論から書くと、魔王を倒した後にあなたが生きていると色々と不都合なので死んでください。


王国としても、帝国としても、共和国としても、勇者教会としても。どの組織から見てもあなたの存在は都合が悪いのです。故に我々はあなたに死んでもらうことにしました。


念の為書いておきますが、この私、聖女を含め、女騎士も、神官も、女戦士も、魔法使いも。みんながあなたに愛を囁き、その子供を見事授かることが出来ましたが、誰一人としてあなた自身に好意を抱いているものはおりません。勇者でなくなったあなたにはなんの価値もありませんからね。我々の立場を盤石のものとするためのご協力ありがとうございました。


最後に、あなたは魔王と相打ちになって亡くなったことになっています。聖剣や荷物は遺品として持ち帰りますので、どうかご安心ください。なお、騎士達はあなたを見つけ次第殺しにかかると思われますので少しでも長生きしたければコソコソと隠れていることをおすすめしますよ?


元、あなたの聖女より感謝と嘲りを込めて。”



「ご主人様、案の定捨てられたのですね。あまりにも予想通りすぎてもはや笑う気にすらなりません」


「……知ってたのか?」


「ええ。ちなみに聖女は王国の公爵家の次期当主、女騎士は盗賊上がりの高名冒険者、神官は帝国軍の皆さん、女戦士はSっ気の強すぎる変態王子、魔法使いはペットとして飼っていた熊人族のガチムチジジイとそれぞれ幸せで淫らな関係を楽しんでいましたから、おそらく今頃はご主人様のことなんか忘れてパコパコ気持ちよくなっている頃かと」



「……まじかぁ……」



「ご主人様が襲ってきた時もナニを噛みちぎって差し上げたことから察しているとは思いますが、私は彼女たちとは違って未だに経験のない処女です。……ご主人様のメンタルではもう手を出そうなんていう気も起きないでしょうけどね」



聖剣のおかげで上級回復魔法が使えなければ二度と息子が使い物にならなくなったことを考えると、いくら(見た目は)可愛らしい猫耳美少女とはいえ手を出す気も失せるだろう。



「俺はどうすればいいと思う?」



「さぁ?死ねばいいんじゃないですか?彼女たちには“お前達のためならこの命くらい惜しくない。”とか言っていたじゃないですか。有言実行できますよ。良かったですね」



「このまま隠れてたとして、どれくらいの確率で助かると思う?」



「0%と言いきれますね。何も考えずに外に出たらただでさえ短い寿命がさらに縮みますが」



生還率0%。なんとなく分かっていたとはいえやはりひどい話だ。もし聖剣さえあれば殺しにかかってくるという騎士達や魔物くらい、ふよふよ浮いている綿毛に向けて超大型扇風機を稼働させるくらい簡単に吹き飛ばすことが出来たのに。



「この期に及んでまだ聖剣だよりですか?みっともない。だから私はあれだけ素体を鍛えろって言ったのに。言わんこっちゃないですね」



聖剣を持っていないと村人レベルの力しかない俺に対して奴隷少女はいつも素振りをしろだの筋トレをしろだのと小言を言っていた。当時は聖剣さえあればなんとでもなると甘く考えていたが、実際に聖剣をなくしてみるとその言葉に従わなかったことが本当に悔やまれる。



「……俺、死ぬのかな?」



「確実に死にますね。なんなら私が殺してあげましょうか?魔物や騎士に殺されるのとは違って痛みを感じることなく、天にも登る心地良さの中で永眠させてあげますが」



「具体的に言うと?」



「気を失うまで首を絞めます。私は上手に頸動脈だけを絞めるのですぐに頭が真っ白になって体の感覚がなくなり、ぬるま湯の中でたゆたうかのように心地よくなってきます。ご主人様の意識がなくなったらその場で頭を潰して終わりです」



「……死にたくねぇなぁ……なあ、今更都合のいいことを言うようだが、俺のこと助けてくれね?」



「いいですよ。私はあなたの奴隷なので、あなたがいかにクズであろうと、あなたの命令に従います。ご命令でしたら姿形を変えた後、辺境の村に新しい居場所を作って差し上げることくらいなら簡単に出来ます」



「……まじか。じゃあ頼むわ。」



「承りました。では私の手を掴んでください」



俺が少女の手を掴んだ直後、世界が眩んだ。



















仲間に裏切られてから数カ月がたち、村にも馴染んできた。最初は皆、可愛い少女奴隷を連れて現れた俺のことを訝しげに見ていたが、奴隷契約が形だけのものだという嘘と少女の俺に対する暴言の数々を見てその力関係を察したらしく、その目はどちらかと言うと生暖かいものになっていた。



「ご主人様、ご飯ですよ。今日の献立は木の実の和え物と木の実のスープ、木の実のサラダと木の実です。私の分にはお隣のおじさんからもらった干し肉が付きますが、ヒモであられるご主人様にはそれで十分でしょう。嫌なら早く仕事を見つけてください」



少女が耳をピクピクさせながらソースとともに焼いて混ぜた木の実と茹でた木の実と殻をとっただけの木の実とそれすらしていない木の実を持ってくる。



「木の実しかないな。美味いからいいんだけどさ」



素材の味を完璧に引き立てた木の実は美味い。ただ、木の実の味しかしない。



「突然ですが最近村長のギックリ腰が深刻な状況になったらしく、手当のために薬草が必要らしいです。聖剣がないとはいえ知識が消えた訳ではありませんから採取できますよね?私もただのヒモをぶら下げているだけだと婦人会で話題にされるのが最近辛くなってきたのでちょっと取ってきて村に貢献してください。この私が鍛えてあげたんですからまさかゴブリンに遅れをとったりすることはないでしょう?」



村人でも多少の訓練をすれば危うげなく倒せる魔物、ゴブリン。この村の周囲にいる魔物の代表格であり、こいつとさえ戦えれば森で活動するのは難しくない。



「ちなみにもし断った場合ですが、その時は明日からの食事が雑草に変わります。脅しではありませんが気を付けてください」



まんま脅しだった。まったくもって疑いようがないほど脅しだった。少女が珍しく浮かべた溢れんばかりの笑みが怨めしい。









森の中で薬草を探すことはさほど難しいことではない。現に俺は薬草自体は森に入って三十分もすることなく手に入れることが出来た。では何が難しいか。



「グギャッ!グギャギャギャッ!グギギャギャギョッ!」



その答えがこれだ。緑色の肌、しわくちゃの老人みたいな顔、身体から漂わせる悪臭、子供のような体格。


ゴブリン。訓練された村人なら倒せるレベルの魔物。魔物の強さとして考えるのなら最下層に位置するレベルだが、訓練していない村人が会えば半分以上の確率でやられるレベルの魔物。勇者からすれば歩いただけで殺せるような魔物だが、ほんの少ししか訓練を受けていない村人レベルの俺にとってはほとんど対等の相手。武器の性能差で勝つことは出来たが、それでも満身創痍というレベルの敵。



「ご主人様っ!?その怪我はどうしたのですか!?」



なんとか村に戻ると、村の奥様方に混ざって井戸端会議をしていた少女が慌てて駆け寄ってくる。



「ちょっとゴブリンと戦闘になった。なんとか倒せたが、困難になっちまった。まったくもってお前の言う通り、情けないばかりだ」



「ゴブリンと?……そんな事は後です。それより今は治療しないと。家まで歩けますか?無理そうなら担いでいきますが」



「大丈夫だあとこれ薬草な。悪いがゴブリンの素材は持って帰ってくる余裕がなかった」



珍しく心配げな少女に肩を貸されながら歩く。家に帰ると少女はすぐに俺を横にさせた。



「我が思いを持ってその者の傷を癒したまえ。天の恵みがかの者を癒さんことを。【癒しの波動ヒール】」



柔らかい光が俺の体に降り注ぎ、ゴブリンとの戦闘でボロボロになった体を癒していく。




「ゴブリンと戦った程度でこんなにダメージを受けるんですか。聖剣がないと本当に弱いですね。もし何かの間違いで悔しいと思えるんだったら努力して強くなってください。どうせあなたは戦うか養われるか以外の生き方なんて知らないんですから」



少女の一言一言がこれ以上ないほど心に深く突き刺さる。



「……でも、今回はよく頑張りましたね。褒めてあげますから、いっぱい甘えていいですよ」



そう言って少女は俺の頭を優しく撫でた。少女のたおやかな指が、俺のボサボサの髪を乱していく。



「辛かったんですよね。苦しかったんですよね。大丈夫、もう怖いものはいませんよ」



優しく、落ち着いた口調で語られたその言葉は、先程の胸に刺さる言葉とは違って優しく心を満たしていく。この世界に来て始めて、“勇者”ではなく“俺”が認められている気がした。



「大丈夫、大丈夫。もうなんにも怖くありませんからね」



優しく抱きしめ、背中をさすってくれる奴隷少女。普段無表情な少女の瞳には、微かながら確かな慈愛の感情が宿っていた。



「辛かったら、泣いていいですよ。今だけなら、泣いていいです。あなたは聖剣に頼ることなく、自分の力だけで初めて魔物を殺したんですから。いっぱい褒めてあげますし、辛いのなら慰めてあげます」



その小さな体の中に感じた偉大な母性。気がつくと俺は少女の胸に飛び込んでいた。



「俺、頑張ったんだよ。いきなり知らない場所に売れてこられてさ、武器を持って戦えって言われて。そりゃあ綺麗な女の子に囲まれていい思いもしたけどさ、それでも右も左も分からない中でできる限りやってきたんだよ」



「わかっていますよ。私はずっとあなたと一緒に行動していたんです。あなたのいいところも悪いところも、全部わかっています。よく頑張りましたね。偉いですよ」



「それなのに結果がこれかよ。問答無用で呼ばれて、求められるままに戦って、それが終わったら邪魔だから死んでくれ?残ったのはなんの力もない男子高校生ひとりだ」



「大丈夫、私がいますから。みんな居なくなっても、あなたがみんなに見捨てられても、みんなに忘れられても。私はあなたの元から離れませんから。ずっとあなたと一緒にいますから。あなたを1人にはしませんから」



「なんで俺なんかに対してそんなことを言えるんだよ。俺みたいなクズに対してなんで……」



「私があなたを好いているから、ではいけませんか?あなたのためならわたしは何でもします。望むなら聖女たちを地獄に落としましょう。望むなら国を焼きましょう。あなたがそれを望むなら、私はあなたの望むままにありましょう」



自分を慰め、慈しみ、認めてくれる少女の言葉。



「俺はこのままでいいのか?」



「ダメだというものがいるのなら、私が護ります」



「勇者じゃなくなった俺に、価値なんてあるのか?」



「私のご主人様は勇者ではなくあなた個人です。少なくとも私に限っていえば価値はありますよ」



「甘えていいのか?」



「自分の現状をご覧になってはいかがですか?年端もいかない少女に泣きついている状況が、甘え以外のなんだって言うんです?」



少女の言葉にいつもの鋭さが戻った。頑張ったご褒美は終わったらしい。



「明日からしばらく森に入る。怪我して帰ってきた時は頼んだ」



「……わかりました。あまり怪我をしないようにお気をつけください」



俺の言葉に対して、少女はどこか歯切れの悪そうにそう言った。














一ヶ月過ぎ、俺はもうゴブリン相手に苦戦することはなくなっていた。一対一で戦ったら秒で勝てるようになり、一対多でもよほどの数じゃない限りまず攻撃を喰らわない。



「ただいま。今日はゴブリン七体だった」



「おかえりなさいませ、ご主人様。おつかれでしょうからこちらへどうぞ」



森から帰り、玄関まで迎えに来てくれた少女に誘われるままソファーに座り込む。少女は俺の真横にぴったりとくっつくように座った。



「ご主人様、今日の収穫はゴブリン7匹ですね。なので“ごほうびたいむ”は70分までです。では…………いっぱい甘えていいですよ」



“ごほうびたいむ”、ゴブリン一匹につき十分許されるそれは、普段さり気ない罵倒が目立つ少女が優しく甘やかしてくれる癒しの時間だ。ちなみに何故かゴブリン以外だと一分も貰えない。



「ほ〜らよしよし、いい子ですね。ふふ、そんなに表情を緩めて、年下の女の子に頭をナデナデされるのは気持ちいいですか?気持ちいいんですよね?だからこんなにだらしない顔になっているんでしょう?」



少女ごと横に倒れ込んだ俺に対して、少しだけ驚いた様子を見せた少女が柔らかく微笑みながら俺の頭を撫でる。その優しい手つきは、幼少期に親から褒められたときのことを想起させ、思わず表情が緩むのがわかる。



「頑張ったんですよね?こんなにか弱いのにゴブリン相手に無茶して。そんなに“ごほうびたいむ”が好きなんですか?もう私のいない生活なんて考えられないですよね。それでいいんですよ。こんなふうに、子供に甘えるようなことを、大人としてのプライドをかなぐり捨てなきゃできないようことを、好きなだけしていいんです。あなたはダメな人のままでいいんです」



少女が俺の頭を強く抱きしめる。ほとんど押さえつけられたせいで呼吸出来ない口の代わりに使った鼻を刺激する仄かな甘い香りと顔に感じる少女の熱い体温。それらは麻薬のように俺に残ったまともな判断力を奪った。



「本当は我慢するつもりだったんですけど、もう無理です。大変なことはこれまで通り全て私がやっておきますから、あなたはただ一緒にいてくれているだけでいいですから、どうか私と、私だけと生きてください。私だけを見て、愛してください」



熱にうかされたかのようにぼやける頭。完全に少女に犯された脳は少女の様子が変わったことにすら気付かず、少女の言っている内容すら考えず、ただ少女を盲信する。



「あなたがそれを望まないならこれまで通りのの関係でいましょう。ただ、もし許されるなら、どうかお願いします。ただ一言、愛してるって、言ってください」



少女は俺の耳元で囁いた。それはおそらく一世一代のプロポーズ。自分の、そして少女のこれからを決める大事な話。どんなに想い合っていたとしても、もう一度ちゃんと考えなくてはいけないはずの言葉。



「愛してる……」



そのはずの言葉は一瞬の躊躇もなく放たれた。少女が頼んでいるのに、それを断るなんて言うことはあるはずがない。犯された脳にとって、少女が四角と言えば地球は立方体になり、黒と言えば太陽ですら光を失う。



「嬉しいです。ご主人様。……そうだ、ひとつ伝えなくちゃいけなかったことがあったんでした」



少女は嬉しそうに話し出す。頭についているネコ耳がピコピコと動いた。



「ご主人様を裏切った連中、聖女率いる元勇者パーティーの面々ですが、全ての行動がすべからく不幸に繋がるようになる呪いをかけておいたので今頃は野垂れ死んでるかと。各国には頭の良い上級の魔物達を送り込んで上層部と成り変わらせたのでもはや別の国ですね。今は世界中、魔物に支配されています。この村周辺は私が治めることになっていますからご主人様は何をしてもいいですよ」



少し前までなら目玉がひっくり返るくらい驚くようなことを言われるが、もはやそんなことはどうでもいい。少女がいれば何もいらない。



「わかった……」



思考を放棄して少女に身を任せる。ただ少女と居られれば、それだけで幸せを感じることが出来た。





































「ずっと、ず〜〜〜〜つと可愛がってあげますから。私以外の生き物と接触したらダメですよ、ご主人様?」

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