最終話
直人さんにメールは受信拒否されていたのでショートメールを送りました。
直人さんをあの公園に呼び出しました。私が天月に襲われて殺したあの公園です。
私と百合絵さんが仲良くなってしまったのでさすがに無視出来なかったようです。直人さんはマスクにだて眼鏡をかけて現れました。わざわざ変装まがいなことをしてご苦労様です。
「大丈夫よ、ここ。私が天月を殺した時も目撃情報はなかったし」
直人さんは驚きと、やっぱりという表情をしていました。天月はどうでもいいのです。
「それよりも……百合絵さん、元夫とよりを戻すみたいよ」
私は嘘をつきました。私の感情は限界に近くなっていました。毎週百合絵さんと話をして、百合絵さんの愉しくて幸せそうな家庭の話を聞く地獄を味わっていました。
「私ばっかりこんな目に遭うなんて。私、天月に襲われたのよ。その前は百合絵さんの前夫を殺そうとして抵抗されて危機一髪だったのよ。七瀬さんをつき落としたあの事件のせいで再就職も出来ないわ。あの防犯カメラの映像を提出したの、直人さんでしょ? つき落としただけなのに殺した方は迷宮入りなんておかしいわね」
「自分のしたことが解っているのか」
直人さんは絞り出すようにありきたりの台詞を言いました。こんなにつまらない台詞を言う人だったのでしょうか。
「あなたはどうなの。直人さんが私を不安にさせるから……だから七瀬さんをつき落としてしまったのよ。百合絵さんの元夫だって直人さんの幸せのために殺そうと思った。あなたを脅迫していた天月もいなくなった。ねえ、これで安心でしょ? 天月が消えて」
直人さんは何も言わない。
「私、天月に首を絞められたのよ。ほら、まだ跡が残っている。いつ消えるのかしら。消えなかったら夏でもタートルネックを着なきゃいけない」
直人さんは私から目をそらしています。天月に殺されそうになった私に対して何も思わないのでしょうか。
「私今、とても苛々しているわ。腹いせにあなたとの不倫動画を絵美ちゃんに見せてあげましょうか?」
直人さんはようやく私を見て、顔色が変わりました。あの旅行に行った時、嬉しくて小型カメラを買いました。いつもと違う私たちを記録しておきたくて、こっそり撮影していたのです。記録に残る、そう思うと私はわくわくしていつも以上に直人さんと密着しました。どうやら効果があるようです。
「メールの受信拒否を解除してくれる? SNSもよ。次私をブロックしたら動画を見せちゃうわよ、絵美ちゃんと百合絵さんに。私、よく絵美ちゃんの幼稚園に行くのよ、絵美ちゃんの顔はもう覚えているのよ」
「やめてくれ……」
「動画を見られたくない?」
彼は困った顔をして頷きます。私はそれを無視します。
「それとも、誰かに消えてもらう? 私はもう失うものがないの。他人を怪我させて逮捕されて新聞に名前が出てしまったの。あなたとは違う、もう怖いものはないのよ」
嘘です。直人さんを失うのが怖いです。でも直人さんの気持ちをこちらに向かせるためにはこの手段しかないのです。直人さんを追い詰めるしかないのです。
―あれが直人さんと会った最後でした。二週間ほど前でしょうか。直人さんは追い詰められて死の選択をしたのでしょうか。
直人さん、あなたの性格は解りきっていました。これであなたは誰のものにもならない。私が唯一勝てなかった絵美ちゃんを連れて逝ってしまった。ホッとしたのと同時に虚無感に襲われました。
次のサークル活動に、百合絵さんは来ませんでした。サークル内では百合絵さんの旦那と娘が心中したと噂になっています。私はそこで初めて心中事件を知ったふりをしました。
三週間ほど経った頃、百合絵さんはサークルに来ました。みんなあんなに好き勝手言っていたけれども、百合絵さんに優しく言葉をかけていました。
私は女優になりきり、周りのみんなに便乗して百合絵さんに声をかけました。百合絵さんは思ったよりも
私は冷静に考えました。百合絵さん……この女が元夫と密会していて直人さんが不安になって私に冷たくなったのではないでしょうか。
二人で初めての旅行も、この女が直人さんに与えた不安のせいで旅行気分は味わえなかったのです。この女こそが全ての元凶だったのでしょうか。怒りが込み上げてきました。百合絵さん、あなたにもお仕置きが必要みたいですね。きっと直人さんは言う。
「僕のためにありがとう」
百合絵さんが「えっ?」と小さく言い私を見ました。
「僕のためにありがとう」
その一言が欲しくて。その一言のため、私はそこに向かうのです。
僕のためにありがとう 青山えむ @seenaemu
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