第6話 生け花

 金曜日になりました。もう待ちきれず、今日こそは直人さんに声をけようと思いました。

 昼休みが終わり、午後の休憩まであと十五分です。直人さんを探しに行こうとしたら上司に呼ばれました。応接室へ来てくれと言われました。なんだろう? 天月の事件でどこかの防犯カメラに私が映っていたのでしょうか? 天月に襲われたと言っておけばいいと思いました。今まで怖くてトラウマになって黙っていたと言えばいいでしょう。

 

 応接室には警察がいました。部長もいます。私の後には上司がいます。やっぱり天月の事件でしょうか。部長にパソコンの画面を見せられました。


「あっ」


 私が七瀬さんをつき落とした映像です。

「この、七瀬亜未さんをつき落とした人は高橋花音さん、あなたで間違いないですか」

 部長が確認をとります。貫禄のある声と顔をしています。これは社内の防犯カメラの映像です。社内の機密を守るため、360度録画出来る高画質カメラを使用しています。私の顔を拡大しています。言い逃れは出来ません。


「はい、私です」

「最近高橋さんの様子がおかしかったので……」

 上司が後で何か言っています。普段私たち平社員のことなんて気にも留めないくせに、こんな時に目立とうとしているのでしょうか。警察も部長も、誰も聞いていませんでした。第一私はおかしくなんてありません。私は逮捕されました。


 私は警察に十日間ほど勾留こうりゅうされました。その間、弁護士を通して七瀬さんと示談交渉をして不起訴になりました。

 勾留期間が終わり、とりあえず会社に行きました。誰も私と目を合わせようとしませんでした。特に急ぎの仕事もなさそうなので直人さんのところに行きました。生産現場に着くとすぐに直人さんがいました。誰かと話しています。直人さんは私の知らない女相手に、私の悪口を言っていました。


「それは新しい女?」

 私の声に直人さんが振り返ります。驚いたあとに嫌悪の表情を隠さず、直人さんは逃げて行きました。ここでもみんなの視線が冷たかったです。

 事務所に戻っても重要な仕事は任せてもらえませんでした。廊下を歩けば注目の的です。辛いので会社を辞めることにしました。これで今までより大胆に直人さんに近づけます。ポジティブに考えました。


 直人さんといつか結婚するためにお金を貯めていたのでしばらく働かなくてもやっていけます。

 私は百合絵さんが通っている生け花サークルに偽名で入会しました。七瀬さんつき落とし事件で新聞に名前が載っていたので念のためです。

 生け花なんて余裕のある人がやることだと思っています。百合絵さんは、直人さんの好きな花や誕生月の花を生けるのでしょうか。直人さんは四月生まれで、誕生月の花は桜です。あの時落としたストラップを思い出しました。私はわざと直人さんの好きな花を選んで生けようと思いましたが、直人さんの好きな花を知りませんでした。


 百合絵さんはヒマワリを生けていました。私の誕生月の花で、直人さんが持っているストラップです。直人さんがヒマワリを好きだと思って生けているのでしょうか? そういえば今は八月です。気づいたら私の誕生日は過ぎていました。


「上手ですね、ヒマワリが綺麗に映えていますね」

 私はそう言い、百合絵さんに近づきました。生け花の上手下手なんて解りません。ヒマワリは黙っていても目立ちます。けれども百合絵さんは喜んでいます。素直な人なのでしょう。


 週に一度開かれるサークル活動に私は毎回参加しました。そうしてだんだん百合絵さんと仲良くなっていきました。

 五回目のサークル活動の帰り、百合絵さんとカフェにお茶をしに行きました。百合絵さんは絵美ちゃんを実家に預けているので時間があると言っていました。私は高田たかだ絵美子えみこという名前でサークルに登録しました。娘の絵美ちゃんと字が被るのでご縁があると思ったと、百合絵さんは言っています。本当に素直な人です。


 カフェの帰り、百合絵さんの家の近くまで行きました。私がそちら方面に用事があると嘘をついたからです。百合絵さんの家の前で少し話しました。そうしているうちに直人さんが帰ってきました。


「サークルで一緒の高田絵美子さんよ」

 百合絵さんは、直人さんに私を紹介しました。偽名で。


「こんにちは、初めまして。百合絵さんにはいつも教えてもらっています」

 私は笑顔で直人さんに言いました。直人さんの顔は引きつっていました。


「では私は用事があるのでこれで、お邪魔しました。百合絵さん、またね」

 私は立ち去りました。百合絵さんは笑顔で見送ってくれました。

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