第3話 僕が知らないはずの女の子。

「蓮っ!・・・良かったぁー・・・無事だったんだね!・・・ホントに、よかった・・・」


 昼下がりのまったりとした空気が流れる病室に、僕と同じくらいの歳の女の子が駆け込んできた。


 一瞬人違いかもって思ったけど、彼女ははっきりと蓮――僕の名前を呼んだ。


 つまり・・・どういうこと?


 僕が反応を返せずにいると、その人はどんどん僕に近づいてくる。


「ずっと、会いたかった!・・・怖くて、不安で堪らなくって・・・蓮しか、頼れる人がいないから・・・」


 不安だっただの会いたかっただのと訳の分からないことを言いながら抱き締められて、僕は思考が停止しかけた。


「は?!いやちょっと待ってください!・・・あなた、誰なんですか?!」


 慌てて女の子を引き剥がしてベッドの上を後ずさった。

 すると、相手は信じられないとでも言うかのように目を見開いて僕を見ている。


 その表情がどうしようもなく泣きそうに見えて、僕は何故だか胸が痛むのを感じた。


「・・・誰って、嘘でしょ?・・・冗談、だよね・・・」


「・・・」


「・・・私、紗季だよ!蓮の幼馴染で、私達・・・付き合ってたじゃない・・・」


 質の悪い嫌がらせだと思った。

 だって僕に幼馴染なんて、恋人なんて、いるはずがないのだから。


 ――僕は、ずっと独りだった。

 両親は小学生の頃に自動車事故で死んだ。

 それからは叔母夫婦に引き取られたけど、ずっと独りだったし友達も一人だっていなかった。


 なのに、そんな僕に幼馴染?


「・・・ふざけるな」


 幼馴染?恋人?そんな人間、僕の人生には存在しないし必要ない。


 僕は独りで生きていける。


「・・・どうしたの?蓮・・・何かと違う。おかしいよ?」


 まるで僕以上に僕を知っているとでも言うかのような台詞に、僕は自分の表情がストンと抜け落ちるのを感じた。


「悪いけど、僕は君のような人は知らない。・・・僕に幼馴染は存在しないし彼女なんて欲しいとも思わない。・・・君が誰だかは知らないが、金輪際僕に関わらないでくれるか?気味が悪い」


「ひどい!・・・蓮、どうしちゃったの?・・・私のことを知らないってまさか――」


「――うるさい!・・・もう、出ていってくれないか?」


 僕は紗季と名乗るその人の言葉を遮って怒鳴る。


 ここは病院だから静かにしなければだとか、仮にも女子相手に怒鳴るのは情けないだとか、そんなことは分かっていたけれど関係ない。


 それ以上彼女の言葉を聞いてはいけないと、強く思った。


 背筋が泡立つようなこの感情は、何と形容すればいいのだろう。


 ごめんねと肩を落とした少女は、とぼとぼと病室から出ていった。


 その後、妙な胸騒ぎがして回診にやってきた主治医に彼女の話を聞いて貰った。


 その結果、精密検査を受けることになって判明した。






 ――僕には、記憶の欠損があるらしい。

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僕だけを憶えている君と、君だけを忘れてしまった僕。 閑谷 @RIO_S

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