第21話 夏の日の新しい思い出

 ううむ、やっぱり携帯電話、もといスマートフォンを持っていないのは不便である。普段はこんなことは思わないけれど、今だけは特別だ。据え置き電話では出来ないことが出来るというのは魅力的すぎる。

 さて、今どきの中学生はみんな携帯を持っているらしい。クラスでも携帯を持っていないのはぼくを含めて数人しかいない。さらに言えば、女子は全員がスマホを所持しているらしい。スマホを持っていないと仲間外れにされるとかなんとか。便利になる代わりに嫌な風潮が生まれるのは考え物だなぁと思う。


 というわけで、神社から少し離れたバス停で待ちぼうけを喰らっているぼくである。廃線となったバス路線のバス停なので、他に人は居ない。

 もちろん待ち合わせの相手は小宮山さんである。

 なぜ携帯電話の話をしたか。そんなことは決まっている。

 携帯電話が無いと、出先で連絡が取れないのだ。

 集合の予定時間から既に15分は過ぎているので、何かの事件に巻き込まれてはいないか、気が気ではない。今更探しに行くのも行き違いになりそうなので、ただ待つことしか出来ないのだけど。


 どうして小宮山さんを待っているのか。理由を長く語ろうとすればいくらでも長くして、のり付きの付箋みたくゴタゴタと尾ひれの付いた英雄譚を作り上げることだって可能だけど、そんなお話に需要が無いということは十二分に理解しているので、出来るだけ短めに話そうと思う。

 事の発端は夏休み中の部活の数日後、昨日の昼過ぎの事だった。

 ぼくが二台の扇風機の間に挟まって、衝突する暴風による科学的作用を解明しようとしていると、電話が鳴ったのだ。夏休みとは言えど、昨日は平日。家に両親はおらず、ぼくが電話に出るしかなかった。気流できりもみになるという心地よい状態を抜け出すのは、いささか気が乗らなかったものの電話なので仕方が無い。ぼくは急ぎ目に受話器を取った。

 電話口から聞こえて来たのは、聞き馴染みのある声。もちろん小宮山さんだった。

 普段より一割か二割増しで早口、戦後の白黒映像のようなトーンで彼女が言い連ねたのは次のような事だった。


「明日はお祭りがあるでしょう?汐崎くんに聞かせたら大変残念がると思うので、あえて聞かせるのだけど、私は既に友人たち数人と一緒に回ることが決まってしまっています。残念でしょう?なので以前の提案の時にお断りさせて頂いたのと同じく、お祭りを汐崎くんと一緒に回ることは出来ません」


 何だと言うのだ。ほんの出来心で誘っただけなのに、二回も断る必要は無いじゃないか。

 ぼくは腹に据えかねた怒りを何とか喉元で押さえ、自分も別の人と行く用事があるから別にいいさ、と主張した。悲しいかな、ふーん、という路肩に落ちている包装紙を見た時くらい興味が無さそうな返事が返って来たのだけども。

 彼女は話を続けた


「で、お祭りのあとの話なんだけど、河川敷の方で花火が打ちあがるでしょ。えっと、花火を見る予定はある?」


 ぼくは素直にないと答えた。例年ならば家に帰ってきて、家のベランダから花火を眺めていたからだ。ぼくの家からは花火が良く見えた。

 小宮山さんはさらに早口になって言った。


「なら、一緒に花火を見ない?良い鑑賞スポットを知っているの」


 この提案にぼくは悩まされることになった。花火前のお祭りに、小宮山さんは友人たちと行くと言っていた。だから、おそらくぼくの知らない人たちに混じって花火を見ることになる。ぼくは生来社交的な方では無いし、既に確立されたグループの中に割り込んで言って、我を出す、もしくは溶け込むなんて器用な真似は出来ない。

 ぼくは尋ねた、他には誰が一緒なんだい、と。

 小宮山さんは答えた。


「私だけだけど……ダメ?」


 ダメじゃない。むしろその方が好都合であります。

 ぼくは食い気味にそう答えた。

 彼女は「へぇそう、良かったぁ」と息をつくように言うと、今度はまくし立てるように集合場所と集合時間を言い放って、電話を切ってしまったのだ。

 受話器を戻すと、急に体温が上がってくる気がした。

 何だか大変な事になっちゃったぞ、そう思った。

 ぼくは再び扇風機の間に挟まって、乱気流にもまれながら頭と体と心を冷やすことに努めたのである。


 お祭りが行われていた神社は駅のこちら側、中学校やぼくの家がある側にある。神社から、河川敷までは徒歩で20分程だった。なので祭り参加者の多くは花火が始まる一時間くらい前に祭りを切り上げて、花火が打ちあがる対岸へ移動し場所取りをするのだった。河川の堤防にも屋台が出て、町中がお祭りムードに包まれるのだ。

 花火の打ち上げ開始まであと30分位か。空はもう暗くなり、およそ十三夜の月が夜道を照らしている。もう少し日にちが先ならば満月と打ち上げ花火を一緒に見られたのにと思う反面、新月で暗い夜道を懐中電灯も無しに歩くのは大変だろうかとも思う。ただ、花火を見るならば新月の方が良い気もした。

 コオロギだかキリギリスだか鈴虫だかよくわからない夏の虫たちの声が周囲から響いてくる。田んぼが近くにありカエルの声もする。明かりの無い古いバス停だけど、独りでいる気はしなかった。ぼくは夏の夜に囲まれていた。


 ふと気が付く。神社から続いてくる方から、揺れる光が近づいてきていた。やがて足音も伴い、その光はぼくの前で止まった。息を切らせるような音がする。


「ごめん、待ったでしょ」


「まぁ、正直結構待ったかな」


 スマートフォンのライトを光らせた小宮山さんがそこにいた。

 青と白を基調とした花柄の浴衣に何やら詰まっていそうな巾着を持っていた。今は暗くてわかりづらいが、頬や目元には若干の色が入っている。そして、あのトレードマークとも言える長い黒髪をバッサリと切り、耳が隠れるくらいのショートカットになっていた。微かに花の香が漂う。

 この姿の小宮山さんを見たのは今が初めてでは無かった。ほんの二時間ほど前、神社の境内で行われていた縁日で数回すれ違ったのだ。小宮山さんがぼくに気が付いていたかは分からないけれど、ぼくは小宮山さんだと気が付いて姿を捉えていた。


「大丈夫?何かの事件に巻き込まれたかと思って心配しちゃったよ」


「大丈夫よ、友達との話が長引いちゃっただけ」


 ほら行こ、と身を翻す小宮山さんの足取りは軽い。足音が柔らかいのは下駄では無く草履かサンダルを履いているからなのだろう。今度は怪我をしないといいけれど。

 小宮山さんについて若干の勾配のある道を進む。左右は田んぼで、街灯は小さく等間隔。前後に他の人はいないようだった。良い鑑賞スポットとはどこなのだろうか。河川敷とは反対方向で、同じ方向へ向かう人がいないあたり、本当に穴場なのだろう。

 動く光は見えない。同じ光でも蛍が見られないのは少し寂しい。

 歩き続けていると、ぼくらの小さな足音は虫やカエルの声に吸い込まれてしまうようだった。月の光はあるけれど、当分は景色が変わりそうな様子はない。そのせいで、どうも自分自身の居場所が不確かに思えた。確かなことは小宮山さんと二人きりということ、それだけだった。


「なんで待ち合わせに遅れたのか訊かないの?」


 ぼくの数歩先を進む小宮山さんが急に声を発した。


「友達との話が長引いたんでしょ?他に何があるの?」


「汐崎くんの嘘つき。気になっているくせに」


「バレてた?」


「当然。さっき私の方を見てたことだって、気が付いているんだから」


 やはりと言うか何と言うか。小宮山さんには敵わないな。

 一度すれ違った時にアレっと思った。電話で小宮山さんが言っていたことは間違っていなかったようで、小宮山さん含めて五人ほどで親しげに話しながら歩いていた。

 ただ、ぼくが完全に見当違いしていたのは、その友人の中に男子が含まれていたことだった。男子は二人、どちらも運動部でキャプテンを務めているような好青年だった。そんな様子を見てしまったものだから、ぼくの精神はグチャグチャだ。その後の祭りを楽しめるわけがない。青白い浴衣の人が通りがかる度に目で追ってしまうし、どこかに小宮山さんが居ないかとミーアキャットみたいにキョロキョロしてしまった。挙句の果てには、飴屋として店を出していた例の和菓子屋のおじさんに、挙動不審だぞ、と咎められて何を察したかリンゴ飴を二つも貰う始末。二つ一緒に食べるリンゴ飴はなんだか酸っぱかった。

 ムサい男共と射的や型抜きで全財産を溶かしかけていたぼくには、小宮山さん達のグループはあまりに眩しくて、羨ましかったのだ。ぼくの中に新しく生まれた感情が暴走して、どうにかなってしまいそうだった。彼ら男子には申し訳ないけれど、小宮山さんと出店を回るという所業を行った罰として、明日明後日は寝違えますように、と神社の神に祈っておいた。けっしてひがみでは無い、けっして。


「じゃあなんだい?あの男子に告白でもされたのかい?」


 ぼくは冗談めかして言った。無論、心の底では本気も本気である。

 小宮山さんは巾着袋をゆらゆらさせながらフフフと笑う。


「もし私が頷いたらどうする?」


「べ、別にどうと言うことはないよ。それよりか、ぼくとしてはその告白に頷いたのかどうかが気になるね」ぼくは強がって言う。


「訊きたい?」


「き、聞けるのであれば……」


 ぼくは小宮山さん横まで歩きよって、彼女の横顔を一瞥した。

 月明かりに照らされ、目の合った彼女は、いつにも増して儚げに微笑んでいた。


「もちろん断ったよ、よかったね汐崎くん」


「べべべ、別に良かったとかそう言うんじゃあないでしょうよ!」


「正直、安心しているんでしょ」


「こら、人の心をそんなに覗くモノじゃありません」


 ニヘヘ、と変な風に笑うと、小宮山さんは静かに言った。


「悪いことしちゃったかな」


「何で?」


「随分粘られちゃったからね。20分くらいかな」


「仲良かったの?」


「うん、クラスでは結構親しく話すかんじ。あーでも夏休み明けが気まずいなぁ」


「ギクシャクしないといいね。多分……難しいだろうけど」


「確実にギクシャクするよぉ。なんか罪悪感もあるし。はぁ、何だろうこの感覚」


 小宮山さんの表情を曇らせるその感情は、今のぼくにはわからない。想いを裏切ってしまったからなのか、それとも受け入れることが出来なかった彼への謝罪なのか。

 そうして考えずにはいられない。ぼく自身はどうすべきで、どうしたいのか。こんな様子を目の当たりにしてしまっては一層勇気が出ないし。でも今日しかない、そうとも感じられた。


「でもね……ストレートに思いを伝えられるのは悪くないかも。そう思うよ」


 そう言った小宮山さんが暑そうに手で顔を扇ぐ仕草を見て、流石キャプテンすごい男だ、と素直に感心してしまう。明後日分の祈りは帳消しにしてやろう。


「男らしい人ですな」


「誰かさんとは違ってね」


「注意深く物事を観察して、正しい結末が起こると判断できるまでは待ち、確実な結果を手に入れると言って欲しいね」


「それを世間では優柔不断と言います」


 小宮山さんについて行くと、やがて開けた横道に入った。横道の先には小さな民家があり、先行する彼女は戸惑うことなく敷地に入っていく。ぼくが敷地の手前で立ち呆けていると、庭の方まで進んでいた彼女は振り返って手を振る。


「ここだよ。ほら早く」


「ここって……知らない家なんだけど」


「大丈夫だよ。ここは私のお祖母ちゃんの家だから。今は二人とも川の方で花火を見ようとしているはずだから、誰も居ないよ」


 そう言われて、近くにある表札を見るとちゃんと『小宮山』書いてある。どうやら小宮山さんの父方のお爺さんお婆さんの家らしい。

 縁側に腰を下ろしていた小宮山さんの隣に座る。正面は開けていて、ちょうど花火が打ちあがる河川敷と平行になる向きになっていた。


「それにしてもお爺ちゃんお婆ちゃんもわざわざ大変なことをするよね。家からだって十分、いや十二分に花火が見られるって言うのに。」


 小宮山さんは巾着袋をガサゴソしながら言った。


「お祭りの雰囲気が楽しめるからって、あそこじゃ落ち着いて花火も見られないと思うの」


「河川敷の対岸のこと?ぼくも何度か行ったことがあるけど、結局は自分の家から見る花火が一番良いって気が付いてからは、誘われない限りは行かないかな。人多いし」


「汐崎くんが誘われる?何の冗談?」


「ぼくにだってちゃんとお友達がいます。残念でした」


「人並みの学校生活を送っているようで結構結構。あ、はいこれ」


 小宮山さんが巾着袋から取り出したのは、リンゴ飴だった。


「あ、ありがとう」本日三つ目のリンゴ飴、正直重い……。


「あれ?もう食べてた?和菓子屋のおじさんが売っていた飴なんだけど」


「う、うん。とある事情でもう二つ食べているんだ」


「そうなの?私はタダで二つ貰ったんだけどね、一人で二つも食べられないからあげようと思って」


「くれるモノは頂きます。味は確かだし」


 ぼくはそう言って、すぐに包装を剥がし、飴にかぶりつく。固い表面の下には瑞々しい果実が隠れている。さっき食べた時よりも甘い気がした。個体差なのだろうか。


「そろそろだね」スマホで顔を照らした小宮山さんが言う。

 左手に付けた腕時計に目線を落とすと、蓄光塗料の緑は打ち上げ開始の3分前を示していた。

 ぼくは急に自分が焦っていることに気がついた。花火が始まってしまったら最後、途中で止まることはない。花火が打ちあがっている間、ぼくらの関心は花火に奪われるだろうし、もし花火が終わってしまったら、表現しづらい喪失感に襲われるのだ。何かアクションを起こすならば花火が始まる前、少なくとも花火が終わるまでには行動を起こしておかなければ、間に合わないし、二度と機会は訪れない。なぜだかそう感じられて、ぼくは膝の上に置いた手のひらを強く握りしめた。

 チラリと横を伺う。

 リンゴ飴をおいしそうに齧る小宮山さんがいた。普段、話している小宮山さんとは雰囲気が違うけれど、紛れもない小宮山さんだった。何度眺めたか分からない、その色白でメリハリのある横顔を見て、ぼくの想いに変わりがないことを確かめる。

 やっぱりぼくは小宮山さんに憧れているのだ。以前までは手の届かない存在として憧れていると思い込んでいた節があったけれど、その建前と自分への言い訳の下に隠れているのは、確かに好きという感情なのだ。

 でもどうする?閉じた手を開いて薄暗い手のひらに目線を戻す。

 この好きを伝えてどうする?伝えて何がしたいんだ?

 曖昧な関係は嫌だ。ずっとこのままで良いと思っていたけど、それだって自分への言い訳だ。十中八九決まりきった結末へ手を伸ばす勇気が無いだけなのだ。ほんの僅かな一厘の失敗を拡大して恐れて、現状維持が一番賢いと思い込んでいる。

 でもどうだ?小宮山さんを引く手は星の数ほど存在している。今日みたいに小宮山さんの心情を揺さぶる人が現れるかもしれない。ぼくが何か一つでも間違え、行動を遅らせたら、結末は変わってしまうかもしれない。機会を待つだけのヤツは賢者じゃない、怠惰な愚者だ。

 だったら、ごく小さい失敗な確率におびえている時間はない。現状に至った理由から恵まれているぼくが胡坐をかいている訳にはいかない。合格率九十九パーセントに躊躇するのはただの馬鹿だ。


 ――でも、ぼくは馬鹿じゃあない。


「ねぇ小宮山さん」ぼくは静かな口調で言った。「一つ、一つだけ伝えたいことがあるんだ」


 そうして隣を見る。

 なに?と口を動かす小宮山さんと目が合う。化粧っ気のある目元は普段より大人びた印象を与え、整え流された前髪はふわりと動く。春の花の香がする気がした。


「ええと、ぼくは、その……小宮山さんのことが――」


 その時だった。まさにタイミングを見計らったように空が明るくなる。

 一発目の打ち上げ花火が打ちあがったのだった。わずかに遅れて轟音が響く。

 赤や緑が混じった大輪の花が夜空を鮮やかに染め上げていた。


 ぼくは思わず立ち上がる。完全にムードをぶち壊されてしまったのだ、文句の一つや二つは叫びたくなるのは当然だった。


「こ、この野郎!ぼくがせっかく勇気を出して小宮山さんに好きだって伝えようとしたのに!タイミングが悪いんだよ、一昨日きやがれ!」


 二発目の打ち上げ花火に向かって野次を飛ばす。すると、どうも小宮山さんがぼくの裾を引っ張っているようだった。目線を向けると、なんともジトーっとした目で小宮山さんがこちらを見ている。


「タイミングが悪いのは多分汐崎くんの方だと思うの。あと……ネタバレしていることには気が付いてる?」


「あ、しまった」


「何が『しまった』なのよ!」


「いやあの、じゃあ、好きです。ぼくは、小宮山さんが」


「じゃあって何よ、じゃあって!あとさっきみたいな雰囲気はどこに行ったのよ!」


「……花火といっしょに遥か上空に打ち上げて、広い大気に溶け込んでしまったのかもしれませんね。そのうち降ってきますよ、きっと」


「なーに照れ隠しで格好つけてんの!」


 腰に手を当てながら空を見上げていたら、横から重いド突きが入った。ボディーブローは無いよ……。

 脇腹を押さえながら腰を下ろし、ぼくは大きく息を吐いた。


 今度は失敗しない。

 尚も花火が打ちあがる中、顔に鮮やかな光が映る小宮山さんと目が合う。

 ぼくははっきりと言った。言い切った。


「ぼくは小宮山さんのことが好きです。前から好きでした」


 小宮山さんは穏やかに微笑む。


「ありがと。私も汐崎くんのことが好きです。多分、ずっと前から」


 ぼくは微笑み返した。色とりどりのスターマインが視界の端を彩っていた。


 ……上手くいってしまうと存外どうしていいか分からないモノなのである。正直なところ、次に何を話せばいいのかが分からない。この先のこと、部活のこと、夏休みの課題のこと、これからのぼくらのこと……。

 しばらく無言で花火を眺める。中ほどまでプログラムが進んだあたりでぼくは口を開いた。


「花火綺麗だね」指をさす。


「うん」小宮山さんは小さく答える。


「なんでここに連れてきてくれたの?」


「小さい頃にね、ここで家族そろって花火を見たことがあったの。その時に物凄く感動して、同じ景色を大切な人にも見せてあげたい、そう思っただけよ」


 優しい声でそう言った小宮山さんは、花火の先のどこか遠くを見つめているようだった。

 ぼくはそんな小宮山さんの姿に釘付けになってしまった。


「今更だけど、髪の毛切ったんだ」


「なんかちょうど良いかなって思って。似合ってる?」


「想像していた以上に似合っているよ。最初見かけたときは驚いちゃった」


「まぁ、似合っているなら良かったかな」


 耳に被さった髪を耳の後ろに掛ける仕草をする小宮山さん。花火より小宮山さんに見惚れそうになっている自分に気が付いて、慌てて視線を夜空に戻す。中くらいの花火が何発も連続で打ちあがり、空は明るく照らし出されている。普段、夜空を支配している月も今日ばかりはその座を譲っていた。


「この先、ぼくらってどうなるのかな?」


「どうなるってえらく抽象的な質問じゃない」


「その……付き合う……とか?」

 意を決して尋ねる、が。

「あちゃーそうなるよねやっぱり」

 と何とも煮え切らない反応が返ってくる。


「もしかして何か都合の悪い事でもあるの?」尋ねたぼくの声は震えていた。


「提案があります」小宮山さんがスックと立ち上がった。

「ちゃんと付き合うのはあと一年と半年先、中学校を卒業してからにしませんか?」


 小宮山さんが言うのだからきっと重要な意図が含まれているのだろう。ぼくは座ったまま、続きを促した。


「第一に汐崎くんがこのまま普通に勉強をして同じ高校へ行けるとは思えないので、私と付き合うことを高校合格のご褒美としようと思います」


「なぁ!?」すまし顔でそんなことを言われてしまったら、ぼくには逆らいようがない。

 恥ずかしげもなくこういうことを言えてしまうところが小宮山さんの良いところで、ぼくが気に入っている所でもあるのだけど。


「第二に、ええと前に部員勧誘したでしょ?」


 小宮山さんは巾着袋の両の紐をもって持て余すようにブラブラさせる。


「確か五月くらいだったよね。まぁポスターを貼っただけだけど」


「どうもそのポスターに釣られた人がいたようで、ほんの最近というか夏休みに入る直前になって、この部活に入りたいっていうモノ好きが出てきましてね。もう入部届も貰っているんだよねぇ。そんな人がいる前で、私たちがその……仲良くというか、ある意味ぎこちなくしているのを見せるのは何だかなぁと思いまして」


「一理ある……って新入部員!?」


 なるほどと納得しかけて、腰を抜かすほど驚く。ぼくらの部活と新入部員はあまりに縁が無かったのだ。

 頬を掻きながら彼女は続ける。


「そう新入部員。だから、その子がいる前では、今まで通り普通にするべきでしょ」


 ぼくら二人の間の普通が周りの人間から見たらどういう間柄に見えるか、ということは置いておいて、小宮山さんが言っていることには理解できた。引く手あまたで人気者の小宮山さんだから、恋愛関係は細心の注意を払っているだろう。あらぬ噂、まぁ火の無い所に煙は立たないとは言うけれども、ともあれ迷惑な噂で生活を悩まされたくはないだろう。小宮山さんのため、そしてぼく自身のためにも、ここはひとつ我慢する必要があるらしい。


「わ、わかったよ。でもぼくの気持ちは絶対に変わらないからね」


 立ち上がって小宮山さんの横に並ぶ。


「ただ両想いの期間が長くなるだけだから、きっと大丈夫。私の想いも変わらない」


 小宮山さんは、それよりも、と続けてぼくの方に顔を傾ける。


「いろんな意味で私を失望させないでよね!絶対だからね!」


「も、もちろんだよ。ぼくは優柔不断なうえに頑固だからね。大丈夫さ」


「どうだか……あっ!」


 小宮山さんが指さす先、ヒューとひときわ大きな音を立てて赤白い光が空へスーッと伸びる。そして、弾ける。遅れて轟音が響く。

 最後の一発だった。一番の大輪の真っ赤に燃える無数の花びらは夜空を埋め尽くすようで、そしてお腹の底に響く破裂音はぼくらの周りにずっと残っているように感じられた。

 花火の思い出はぼくらの大切な思い出として残り続けるに違いない。

 いや、この夏の思い出は絶対に忘れない、そう誓ったのだ。


 結末が分かっているのに、余分な脚色も派手な演出も必要ないだろう。

 物事には原因と結果があるのだ。原因を見ればおのずと結果も分かるというものだろう。

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気になるあの子に失望される! 神田椋梨 @SEA_NANO

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