第16話 ライリー・ファントム VS 黒ずくめの男
「なんで……俺を助けた?」
俺の呟くような問いは、ライリー・ファントムへ届くことなく小さな風に流されてしまった。
そして、まるで俺を守るかのように、ライリー・ファントムは正体不明の男の前に立ち塞がると、銃を構えて牽制する。
その行動が不思議だったのか、男が疑問を口にする。
「『なぜ、その男を助ける? 貴様にとって目的を妨げる障害であり、敵だろう?』」
「『私が彼の敵であることと、彼が私の敵であることはイコールではありません』」
「『目的を果たすために、邪魔者は殺すべきだ』」
「『私自身の目的のために、誰かを殺める気はありません』」
「『甘いな。それで目的を達することができるとでも思っているのか?』」
「『誰かを犠牲にして成した願いの先に、幸せな未来は待っていません』」
「『くだらん。あまりにも夢見がちだ。自分自身の目的のためならば、他者がどうなろうと関係はない』」
「『大切な者を救うために誰かを犠牲にすることなどできるはずもありません』」
正しいことを口にしているのは、ライリー・ファントムだ。だが、俺が犯罪者に抱くイメージは、全身黒ずくめの男の言動そのものだ。
他者の犠牲を省みない。誰がどうなろうと知ったことではない。己の悦楽のためならなんでもする屑を許せなくて、俺は警察官を目指した。
だというのに、なんでライリー・ファントムは、犯罪者のくせに正さを語る?
矛盾だ。犯罪を犯していながら、そのような正論を口にするなどあるものか。本心なはずがないと思いながらも、俺の中には一つの葛藤が生まれていた。
俺など眼中にないのか、黒いコートを纏ったフルフェイスの仮面を被った男がライリー・ファントムに宣告する。
「『その程度の覚悟もなく、
デウス・アルカナム? あの小瓶のペルデマキナのことか?
疑問に思うも、思考する暇など男は与えはしなかった。
「『私に甘さはないぞ?』」
砕けた短剣を落とすと空中で掻き消える。そして、瞬きの間に男の周囲には数えきれないほどの短剣が、円を描くように男の周囲を浮かんでいた。
短剣を増やし、操作する機能を持つレナトスマキナ、か?
「『死ぬがいい』」
死の宣告と同時に放たれるのは、命を刈り取る銀の雨だ。
弾丸に劣らない速さで穿たれた短剣の雨は、ライリー・ファントムを確実に殺すという意志が込められている。
待っていれば串刺し。出来上がるのは血濡れた死骸だ。
普通なら避けるのも困難な銀の雨に向けて、ライリー・ファントムは銃を向けた。
「『簡単に死などと口にしないでください。なにより、私は願いを叶えるまで死ぬわけにはいきません』」
発砲。
銃声は一度。けれど、弾かれ、火口に落ちる短剣の数は数十にも及ぶ。
「なっ! 跳弾、か?」
金属のぶつかり合う音が無限に響き重なる。
一つ音が鳴る度、短剣が一つ落ちる。二つ鳴れば、短剣も二つ落ちる。
放たれた弾丸は無数の短剣の内側で直線的な軌跡を幾重に描きながら、次々に銀の雨粒を弾き飛ばしていった。
「『二つ』」
二発目。短剣の落ちる速度が加速する。
どれだけの技量があればそんなことが可能なのか。もしかするとペルデマキナの機能の一つかもしれないが、それでも尋常ではない。
古代文明の遺物とはいえあくまで機械だ。そうとわかっていながらも、目の前の光景はあまりにファンタジーに過ぎた。
「『驚いた。随分と器用なことをする』」
「『お褒めに預かり光栄でございます』」
「『褒めてはいない。驚いただけだ。それに、数を増やせばどうだ?』」
まだ増えるのか!?
もともと数えきれないほどの短剣だったというのに、新たに出現した銀の刃は先程の倍以上に上る。たった一つの拳銃で対応するのはあまりにも無謀な数の暴力。
今にも襲い来る死の刃を前にしてなお、ライリー・ファントムに焦りはない。
「『≪
コンキリオ・グランス。
さっき、俺の盾を通過した弾丸だ。仕組みはわからないが、狙いは短剣を通過した先、黒ずくめの男だろう。
「『指定した対象にしか当たらない弾丸か。そんなもの、射線を読んで躱せばいいだけの――』」
「『――
銃口から飛び出した狙った対象にしか当たらない弾丸が、増殖した。
「『な、に……?』」
初めて、男は驚きの声を上げた。
当たり前だ。これで驚かないわけがない。
まるで皮肉だ。黒ずくめが行っていた短剣の雨のやり返し。男を狙うは無限の弾丸。けれども、男の短剣と違い、ライリー・ファントムの弾丸は標的以外を通り抜ける。つまり、短剣では防げない。
「『なるほど。これは避けれんな』」
諦めの言葉。
両手をだらりと下げ、空中に展開していた短剣が消えてなくなる。まるで死を受け入れたかのような態度だ。
ただ、疑問に思う。あれほど俺を殺そうとしなかったライリー・ファントムが、あいつを殺すのか?
相手が同じ犯罪者だから手加減する必要はないということか。ライリー・ファントムの口にした『誰も犠牲にしたくない』という言葉がその程度の重みだったのか。一瞬、なぜか苛立ちを覚えたが、それは杞憂であった。
「『この動きも想定済みか』」
「『あなたは彼の背後に突然現れました。瞬間移動を可能とするようなペルデマキナを所持しているのはわかっておりました』」
左に伸ばした銃口は、先程までそこにはいなかったはずの黒ずくめの男の額に突き付けられていた。
瞬間移動……最初から躱すとわかっていたのか。
殺す気はなかった。そのことに安堵する自分自身に気が付いて、やはり苛立ちを覚える。無限連鎖のストレスである。
銃口を突き付けられているというのに、男に焦りはない。ただ淡々と口を開く。
「『厄介だな。さすがはライリー・トレジャーの残した最後の遺産と言ったところか』」
「『あなたは何者ですか? どうしてデウス・アルカナムを欲しがるのですか?』」
「『万能薬を欲しがらぬ者がこの世にいるとは思えんがな。まあいい。貴様から小瓶を奪うのは骨が折れる。引き下がろうではないか』」
万能薬? ライリー・ファントムの持つペルデマキナの機能は、万能薬を作ることなのか?
誰も傷付けたくないと願ったライリー・ファントムの願い。それが万能薬に起因するものであるならば、その願いとはつまり……。
答えに行きつきかけた時、黒ずくめの男は最初からそこにいなかったかのように姿を消した。
残されたライリー・ファントムは、ここでの目的を終えていたのか、デウス・アルカナムと呼んでいた小瓶型のペルデマキナを回収し、どこかへ飛び去ろうとする。
「待て! なぜ、俺を助けた!? お前は犯罪者だろう!」
って、なにを聞いてるんだ俺は? せめて口にするにしても、逃げるなとかだろうが。
どうにも気持ちが不安定だ。だが、質問の答えが気になって仕方がない。
ただ、返答はないだろうと思っていた。ライリー・ファントムに答える義理はないからだ。それこそ、足止めのための時間稼ぎかもしれないのだから、危険性すらある。
だというのに、ライリー・ファントムはわざわざ止まって、俺の質問に答えてくれた。
「『……確かに私は法を犯しているのでしょう。だからといって、誰かを傷付けてまで望みを叶えようと思ったことはありません』」
その言葉だけ残し、ライリー・ファントムは去っていった。
俺は追う気力も湧かず、モヤモヤと定まらない気持ちに苛まれ、ライリー・ファントムが消えていくのを見えていることしかできなかった。
『また逃げられちゃいましたね~。ドンマイせんぱい! 帰ってきたらかわいいかわいいせんぱいの後輩ちゃんが慰めてあげますよ!』
「黙れ」
はんざい天使 ~白き仮面の犯罪天使は孤児院出身の警察官に恋をする~ ななよ廻る @nanayoMeguru
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