第15話 ライリー・ファントムへの対策

 レナトスマキナは、機能面においてペルデマキナを上回ることはない。それは、そのまま現代と古代文明の技術力の差でもある。

 けれど、現代の機械であるレナトスマキナが、古代文明の遺物であるペルデマキナよりも優れている点がある。汎用性だ。

 ほぼ唯一無二のペルデマキナとは違い、レナトスマキナは量産可能であり、新しく創り出すことができる。情報のない初見は不利だが、次があれば新しい装備で対策が可能。

 ライリー・ファントムとは二戦目だ。しかも、負けている。ならば、対策するのは当たり前だ。


『はぁあん!! これが、これが私の大好きなせんぱいの実力なんですよぉ! バレットシールドはその名の通り銃弾を防ぐための盾! 僅か直径三センチの不可視の円型盾を生み出すレナトスマキナです。盾を小さくしたことにより防御力は高いですが、操作は自動防御オートではなく手動防御マニュアル! 放たれた銃弾に少しのズレもなく盾を合わせなければならない精密な操作が必要なんです! 並みの人間ではまず不可能! というより、どれだけ実力が高かろうとこんな盾普通なら使いませんし使えません! けれど、せんぱいは――』

「口を閉じろベラベラベラベラと敵に機能を説明するバカがどこにいる!」

『ごめんなさいでした!』


 相手が驚いているうちに捕らえたかったというのに、またもあっさり種明かし。手品の種を明かす優越感なのか、それとも自分のレナトスマキナを説明したくてしょうがないのか、あまりにもとめどなく喋るものだから、止めるタイミングを逸してしまった。

 だいたい、こんなバカみたいに使いにくい大道芸みたいな盾をモノにするのに、俺がどれだけ苦労したと思ってるんだ。毎日訓練室で缶詰だぞ。相手がライリー・ファントムという怪物染みた相手でなければ即座に匙を投げてたわ。

 そんな間抜けなやり取りが面白かったのか、ライリー・ファントムがクスリと笑みを零した。


「『ふふ。仲が宜しいのですね』」

『とっても!』

「よくないわ!!」


 全力で否定した。

 白い仮面の奥は節穴なのかもしれない。もしくはガラス玉がくっつている。これまでの会話で仲がいいと感じた瞬間を四百文字でまとめてもらいたい。読む前に燃やしてやる。


「『……でも、そうですか。敵、なんですね』」

「あン? 当たり前だろう」


 認識阻害が掛かっているため、ライリー・ファントムの感情は読みとりづらい。けれど、その声には悲しげな感情が乗っている気がした。


「『私は敵になったつもりはありませんが……このままでは捕まえられてしまいそうですね。あまり使いたくありませんでしたが、仕方ありません』」


 銃口を向けたきたライリー・ファントムに、俺もバレットシールドをいつでも発動できるように身構える。


『せんぱい! 気を付けてください! ライリー・トレジャーが愛用した銃、ワスタース・アクイラの機能の全容はわかっていません!』

「わかってる!」


 前回、受けた弾丸は当たった瞬間、殴れたかのような衝撃があった。

 殺さないための加減であったのであろうあの弾丸は、ワスタース・アクイラの機能の一つだろう。けれど、伝説のトレジャーハンター、ライリー・トレジャーが愛用したとされる銃が、手加減のための機能しか搭載していないわけがない。

 つまり、ライリー・ファントムの本気はこれからということだ。

 知らない機能に対して対策しようもない。ここからは、他のペルデマキナの回収と同様の鉄則“使われる前に捕らえる”を実践するしかない。

 俺は即座に鎖を放ってライリー・ファントムを捕えようとするが、まるで幻影でも相手にしているかのように、その実体を捕えられない。


「『CONCILIOコンキリオ GLANSグランス』」


 なんだ、今の? ワスタース・アクイラは起動していたはず。なにかの起動式?

 不明な言葉と共に放たれた一発の弾丸。なにをしたかわからない以上、盾で防ぐしかないと迫る銃弾との間に透明な盾を生成したのだが、


「――な」


 !?

 一瞬、目を疑ってしまい動きが鈍る。そのせいで避けるのが遅れ、銃弾が肩を掠めた。


「っ!」


 防弾性の制服だというのに、俺の肩を撫でた銃弾によって服が裂ける。肩まで届いているが、少し赤くなっているだけで、大怪我というほどではない。

 ちっ。今の、ライリー・ファントムが本気で狙っていたら、肩を撃ち抜かれていたな。相変わらず、俺を殺す気はないらしい。


『せんぱい……今、トチりました?』

「トチってない。盾を通り抜けやがった」

『貫通したのはではなくてですか?』

「ああ。そこになにもないみたいに銃弾が通り過ぎた」


 確かに盾は張った。なのに、通り過ぎた。

 なにかも通り抜けるかと思えば、俺には当たる。指定した対象のみに当たる弾丸なのか、それとも無機物は通り抜けるという条件付きの弾丸なのか。


『通り抜ける……? どういう機能でしょうか? あらゆる物を貫通……というのも違いでしょうし、せんぱいには当たっているわけで。なにかしらの条件に当てはまる対象にのみに当たる?』

「思案するなら通信を切れ。うっとうしい」


 というか、うっとうしいのでこっちから切ってやった。いつも思うんだが、あいつはオペレーターなのに、まともサポートできていないのはどうなんだ? 職務怠慢では? 研究好きなら研究者として働けよ。

 俺はエミリエに毒づきながら、ライリー・ファントムを睨み付ける。


「くそっ。厄介な奴だ。こっちの準備がほとんど無駄じゃないか」


 これではバレットシールドは意味を成さない。これを扱えるようになるまで俺が訓練した時間は無駄になったということだ。相手の手の内を一つ晒したと考えれば、収支プラスではあるのだが、どうにも納得し難いものがある。


「『無駄ではありません。私のために努力をしてくれたというのは、嬉しく思います』」

「無駄以下だな!」


 お前に喜ばれたくて頑張ったわけじゃねーんだよ!

 辛辣に返答すると、ライリー・ファントムから物悲しそうな雰囲気が漂う。

 このままでは前回の二の舞だ。それだけは避けなければならない。


「とにかく、機能がわかるまで粘るしか――」

「『――!! 湊斗様っ!!』」

「あ?」


 急に名前を呼ばれ、訝しむように俺は声を上げる。

 


「『貴様はここで退場だ』」

「――――」



 ようやく、事態を把握し、なにより俺の想定が甘かったことを実感した。

 最初からあったんだ。ライリー・ファントム以外の敵がいる可能性は。

 オルケストラ支部でペルデマキナの反応を観測できた。それはつまり、観測機さえあれば誰であれ今回のペルデマキナを発見できたということ。そして、この世界には犯罪とわかっていながら強力なペルデマキナを欲する者がいることを、俺は知っていたのに。


「『さようならだ、伊達湊斗』」


 なぜ俺の名前を知っているのか、なんて聞く暇もない。

 それどころか、振り返ることすらできず、俺自身がどうやって殺されそうになっているのかさえわからない。

 わかっていることは、命の危機だということだけ。

 指一つ動かせないまま、最後の瞬間を迎えようとした時――一つの銃声が響き渡った。


「『……なぜ邪魔をする』」

「『あなたが彼を殺そうとしたからです』」

「っ、!?」


 銃声によって停止していた意識が覚醒した。

 慌てて飛びのいて、初めて状況を理解する。

 俺の背後に突然現れたのは、全身を黒いコートで固めた、フルフェイスの仮面を被った長身の男だ。そいつの手にはギラリと鋭利に光る短剣が握られ、それが俺を狙っていたのは明らか。

 けれど、短剣にはヒビが入り、半ばから砕け散っていた。ライリー・ファントムへと顔を向ければ、手に持っているであろう銃から硝煙がくすぶっていた。

 あらゆる情報を整理して至った答えに、俺は愕然としてしまう。


「……俺を、助けたの、か?」

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