第14話 ライリー・ファントム、再び


 アンフェール火山。

 オルケストラ島内にある唯一の山であり、現在も活動を続けている活火山である。

 アンフェール火山の周囲は危険なため立ち入り禁止となっているが、その境界の外側は温泉街となっており、都市オルケストラの観光名所の一つとして有名だ。

 ここまでであれば活火山の一つで終わり。ただ、最近の研究でわかったことなのだが、地上に湧き上がるマグマは山の地下深くでしているらしい。下層のマグマが一か所に溜まったわけではなくである。つまり、なにもないところからマグマが生まれているわけだ。

 その原因を解明しようと、日夜研究員が派遣されている山の天辺。その上空で、俺は、白い仮面を被った正体不明の存在、仮称ライリー・ファントムと対峙していた。

 認識阻害のペルデマキナであろう唯一認識できる白い仮面以外は、靄がかかったかのように認識ができない。

 見えているはずなのに、頭で理解できないという気持ち悪い感覚に、内心で舌打ちする。


「……やはり、いたか」

「『私も、いらっしゃると思っておりました』」


 構えるように手を動かすと、手首に巻いた鎖のブレスレットがチャリっと音をたてる。

 支部長から任務を受け、準備してから数時間後。ペルデマキナの反応があった場所へ赴けば、予想通りライリー・ファントムが待ち構えていた。

 それはいい。わかっていたことだ。だから、問題なのは活火山であるはずのアンフェール火山の活動が停止していることだ。

 うだるような熱さも、火口から無限に吹き上がる煙もない。完全に活動が止まっている。

 活火山が休火山になることはある。ただ、そんな天変地異の前触れかのような偶然よりも、俺にはわかりやすい心当たりがあった。


「小瓶型のペルデマキナか……」

「『お察しの通りです』」


 ライリー・ファントムのスライドするように横へと動く。身体で隠れていた視線の先には、前回同様、幾何学模様が描かれた帯状の光が渦巻く小瓶型のペルデマキナが淡い光りを放っていた。

 テンペスト海域で嵐が止まったのも、アンフェール火山の活動が止まっているのも、あの小瓶型のペルデマキナのせいというわけか。

 どういった機能なのかいまだにわからないが、これだけ大規模な自然現象を停止させてしまうペルデマキナは聞いたことがない。


「『安心してください。テンペスト海域の嵐同様、こちらの目的さえ達成したならば、元の火山へと戻ります。……周囲の皆さまには、ご心配をおかけしてしまい申し訳ありませんけれど』」

「あぁそうかい、それは安心だ」


 俺は棒読みで応える。当然、安心などしていない。

 環境を変えてしまうほどのペルデマキナが安全なわけがない。導火線に火の着いた爆弾を持っている奴に『この爆弾は安全です』ト説明されたところで、誰が笑顔で納得するというのか。

 警戒心を強めて一挙手一投足に気を払っていると、映像通信でエミリエが話しかけてきた。


『せんぱ~い。気を付けてくださいよ~。相手はあのライリー・ファントムです。前回コテンパンにされたんですから、今度は雨に濡れた負け犬にならないで下さいね!』

「……煽ってんのか? 煽ってるよな? よし戻ったら殺す」

『ふぇ?』


 なぁにが『ふぇ?』だクソったれがこれから戦うって時に神経逆撫でするんじゃねぇよ。

 苛立ちでこめかみがピクピク動いているのがわかる。そんな俺が相対するライリー・ファントムは、なぜか首を傾げたように見えた。認識阻害の中でもちょっとした反応はわかるらしい。


「『ライリー・ファントム?』」

「お前の仮称だ。名前がないのは不便だからな」

「『……それは、随分と、私には荷が重い名ですね』」


 どうやら、伝説のトレジャー・ハンターが元ネタだというのがわかったらしい。

 初めて戦った時からだが、犯罪を犯しているわりに、気が小さいというか、謙虚だ。会話内容からだと、犯罪を犯すような人間には感じなかった。


「ふん。なら、自己紹介でもするか? アンノウン《正体不明》?」

「『お断りします。それに、』」

「それは、ここで俺を倒すという意味か?」


 ストレスエミリエストレスファントムが重なって、爆発しそうだ。血管に不可がかかる。この際、切れてしまったほうが血も抜けてスッキリするかもな。本当に、こいつらは揃って俺の心をかき乱す。


「『いえ、そういう意味ではありません。ご気分を害されたというのであれば、謝罪いたします』」

「いらん」


 謝罪なんて必要ない。俺が欲しいのはライリー・ファントムそのものだ。


「お前を捕えて、終わりだからな! ≪OPNEオープン MOVEムーブ CHAINチェーン≫!!」

「『……!』」


 俺は右腕の手首にブレスレットのように巻かれた鎖型レナトスマキナを起動させる。

 右腕を突き出すと、ブレスレットから無数に伸びる鎖。連鎖するように全長を伸ばしていく鎖は、眼前で驚きを露わにするライリー・ファントムへと集まっていく。

 その光景に、映像通信では鼻息を荒くしたエミリエが机を叩いたのかバンッという音が響いた。


『これは私が開発したレナトスマキナ! 鎖を伸ばし、使用者の意志で鎖を動かすことができます! あなたみたいなすばしっこい相手にはもってこいのですよ!』

「うるさい!」


 敵にレナストマキナの機能を説明する奴があるかバカが! 何年この仕事やってんだお前は! 経歴だけなら俺より上の自称後輩様よぉ!?

 動揺で動きが鈍くならないよう、意識して集中していく。逃げ道を塞ぐよう、即席の檻を築くようにライリー・ファントムを囲う。

 けれども、俺の攻撃を避け続けた奴だ。そう簡単には捕えられず、僅かな隙間を縫うように、幾重にも連なる鎖を交わして籠の外へと飛び出していく。


「ちょこまかと……!」

「『これは……厄介ですね』」

「当たり前だ」


 このまま鎖で動きを制限されるのは得策でないと思ったのか、テンペスト海域では最後以外引き金を引くことのなかった銃型のペルデマキナ、ワスタース・アクイラを構えた。そして、躊躇わずに発砲。

 空中で曲芸みたいな動きをしているのに、的確に俺を狙うとかどんな変態だ。

 迫る銃弾。けれど、これはだ。

 俺の右腕に当たりかけた銃弾は、目前で不可視の盾に弾かれる。


「『これはっ』」

「――≪OPENオープン BULLETバレット SHIELDシールド≫」


 起動したのは対銃弾用の盾のレナントマキナ。対ライリー・ファントム用として、エミリエに作ってもらった新しいレナストマキナだ。


「お前のために、準備してきたんだからな」

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