第13話 ライリー・ファントム


「君たちが戦ったライリー・ファントムとは、今度も間違いなく相対する。湊斗君、君が手も足も出せなかった相手だ。いまだ実力は未知数ながら、その実力は戦員ランクAの湊斗君をあしらえるほど。もしかするとSランクに匹敵するかもしれないね。とても興味深い相手だ」


 戦員ランクS。

 国内でも七人しかいない単独で戦場を左右する戦闘能力を保有すると国に認められた怪物共だ。

 戦員ランクAの俺が敗北した以上、相手の想定戦力はA以上。Sランクもありえるだろうが……。

 感情的に認める気にはならない。そもそも、攻撃をしてきたのは最後だけ。現状ならば、ただ避けるのが上手いと言えばそれだけだ。

 ただ、一度負けた俺がそんなことを口にしても負け犬の遠吠え。情けなさが増すだけだ。

 だというのに、心外だと隣のエミリエが反抗する。


「はぁ~? Sランクぅ? なに言ってるんですかぁ? ばっかなんじゃないんですかぁ? だいたいせんぱいが負けたっていいますけど、せんぱいはペルデマキナを使わないで、レナトスマキナだけでAランクまで上り詰めた天才ですよ天才!! そのせんぱいがまた負けるとでも――もがぁっ!?」

「……うるさい。少し黙ってろ」


 ぷんすか怒っているエミリエの口を強引に塞ぐ。

 回収して支部で管理している古代文明の遺物ペルデマキナは、条件はあれど申請すれば装備として貸出される。ペルデマキナは現代では再現不可能な遺物がほとんどだ。その能力も、以前俺が捕まえた男が使っていた、身体を電気に変えるといった能力のように強力な物もある。

 あの時は事前に能力がわかっており、尚且つ相手の根性が雑草の生命力以下であったから簡単に逮捕できた。けれど、使い方と使い手次第では厄介なペルデマキナであった。

 そんな強力なペルデマキナを装備として使えれば、当然、戦う相手よりも優位に立てるだろう。けれど、俺は使わない。

 そして、使わないと決めたのは俺だ。そのことを理由に、失敗を上書きできはしない。

 言わずとも理解しているであろう支部長の口が三日月を描く。


「想定Sランク並みの相手に、前回敗北したペルデマキナを扱わない湊斗君とエミリエ君、二人だけに任せてしまうのは、支部長として許可ができると思うかな? それこそ、失敗した君たちを今回の任務から外すという考えもあるわけだ。そこのところ、どう思う?」


 言葉もない。叫ばないように食いしばる歯に、血が滲みそうだ。


「……せんぱい」


 俺の拘束から逃れたエミリエの瞳が不安そうに揺れる。

 たくっ。そんな心配されるようなことじゃないってのに。

 確かに腹は立つが、別にライリー・ファントムを誰が捕まえようが知ったことではない。相手は未報告であり、強力なペルデマキナを勝手に使う犯罪者でしかないのだから。

 前回、失敗した俺を除く、もしくは増員をして確実に確保するのはなにも間違ったことではない。

 だから、これは仕方がないことだと、俺は諦めている。

 そう、思っているのに、俺の口から出たのは正反対の言葉だった。



「あいつを、ライリー・ファントムを捕まえるのは俺です。他の誰にも譲るつもりはありません」



 もうなんというか、俺自身が一番驚いている。

 負けたから、今度は勝ちたいなんて、子供のような気持ちを抱くのもだが、その私情を任務に持ち込むなど論外だ。我ながら愚かしい。

 支部長も呆気にとられている。当然だ。それが普通の反応。そして、バカなことを言った新人に説教をして追い出す。それで終わり。……なのだが、俺自身も読み違えていた。

 支部長は机につっぷし、ぷるぷると震えると、くはっと笑い声を上げた。


「はははははっ!? まさかまさかの感情論とは恐れ入る! あーははははーははー!! うふふふふふ! できるできないですらない! それは捕まえたいという願望だよ!? それを、臆面もなく上司に向かって言えるなんて……くくく。いやぁ、いいね、お腹の底から笑ったのなんて久しぶりだよ」


 あーおかしーと笑って涙が出たのか、目尻を拭っている。

 ただ、その反応ということは。僅かな期待が俺の中で浮上し、


「では――」

「もちろん、それとこれとは話が別だよ」


 地に堕ちた。


「――と、言いたいところであるけれど、今回に限っては私の権限において許可をだそうじゃないか。私を楽しませてくれたご褒美だ。特別だぞ?」


 俺はこの人が大嫌いだ。


「っ。それはどうも ア リ ガ ト ウ ゴ ザ イ マ ス !! それでは準備があるので失礼します! 詳細な任務データはエミリエに送っておいてください!」


 そういう人間だとわかっていながら、あっさり弄ばれてしまったのが悔しく、俺は不機嫌さを露わにして支部長室を出ていく。

 俺は怒っているという態度が伝わって欲しくて『壊れろ扉』と念じながら力強く締めた。

 ドスン、ドスンと音を立てながら俺は廊下を歩く。

 我儘を聞いてくれたのには感謝しかないが、ここの支部長は性格が最悪だ! 魔女め、あんな幼い少女のような見た目じゃなければ、女であれ一発殴ってるぞ!


 ■■


 怒って支部長室を飛び出していくせんぱい。壊れそうなほどの勢いで扉が閉められて、バタンッと大きな音が響きました。衝撃と音に驚いて、私の身体がビクリと跳ねてしまいます。


「待ってくださいよ~せんぱ~い!」


 はっ! と正気に戻った私は慌ててせんぱいに後を追いかけようとして扉に手をかけ、ピタリと止まります。

 振り向かず、その姿勢のまま私はまだ笑っているセリア支部長に質問します。

 せんぱいがいなくなって、セリア支部長と二人きり。対人関係が苦手な私の心に緊張という名の毒が侵食してきますが、踏み止まって聞かなければなりません。


「ところで、本当に宜しいのですか? 私が口にするのもおかしな話ですが、無謀な賭けに見えます。失敗すればセリア支部長の評価にも響くかと」

「ふふ。本当に君がいうことではないね。なに。確かに無謀ではあるが、勝算がないわけではないのだろう? 湊斗君がわざわざ訓練室にこもっているのもその一環だろうし、ただの無茶無謀とは呼ぶまい」

「……本当に、なんでも知っているのですね。各所に監視カメラとか仕掛けてはいませんよね?」

「さて、どうだろうね」


 どんな表情を浮かべているのか。気になって振り向けば、飄々とした、いつも浮かべている笑みであった。

 笑っているというのに感情を感じさせないセリア支部長の表情から真意を読み取るのは、コミュニケーション能力が死滅している私には不可能です。みんな、機械のようにもっとわかりやすければいいのに。

 本心を悟らせない表情の代わりというように、セリア支部長の口はよく回ります。


「それに、私にとって上からの評価などどうでもいいものだ。私は私を楽しませてくれる者を応援するよ」

「そうですか」


 嘘ではないと思います。ただ、全てを語っていないだけで。

 話す気がないというのであれば、これ以上、せんぱいのいない支部長室にいる理由はありません。


「失礼いたします」


 私はそう言い残して、支部長室の扉を開けます。……やや開けにくかったのは、せんぱいのせいで建付けが悪くなってのでしょうか。

 せんぱーい、待ってーと追いかける私の背を、小さな声が追いかけてきました。


「ふふふふ。私を楽しませてくれたまえ、湊斗君、エミリエ君。そして、ライリー・トレジャーが残した――」

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