ちいさくて賢い藤崎さんと、美人だけが取り柄な宮前先輩

ちりちり

第1部

第1章 宮前先輩とのはじまり

第1話 宮前先輩と、バス停前

宮前先輩がコンビニの袋から取り出したアイスを半分に割り、「はい、どうぞ」と差し出した。


私はそれを、「ありがとうございます」とお礼を言って受けとる。

そうしてふたりで、ひと気のないバス停のベンチに腰かけた。


割って食べるタイプのアイスを買うのも久しぶりだし、誰かとこうして半分こにして食べることも久々だった。

何かを分け合う、というのはそれだけその相手との親密度が関係するような気がする。

家族とか、友達とか。

取り敢えず、あまり親しくない人とは、何かを分け合う、という行為自体あまりしないし、そもそも距離感がある相手とはそういうシチュエーションにはならない。


それなら、私は先輩とそれだけ仲が良いのだろうか。

どうなんだろう。

うーん?と、頭のなかに浮かんだ疑問と今の状況に、はてなマークがつく。


帰りのバスが来るまであと30分。

袋から取り出したばかりのアイスは、早くも熱気で柔らかく、表面には汗をかいていた。


先輩は溶けかけたアイスを咥えながら、「葵も大変だねぇ」と制服の胸元をつまみ、パタパタと手で仰ぐ。

ちらちらと見える胸元の肌に、体温が上がりそうになる。

なんとなく、見てはいけないような気がして、誤魔化すために「そうですねぇ」と、適当に相槌を打った。


「葵」とは、私の幼馴染みの名前だ。先輩の友達でもある。

私と宮前先輩がこうして話すようになったのは、葵ちゃんがきっかけだ。


家が隣で、ちいさな頃から私の面倒をみてくれているお姉ちゃんのような人。

今の高校に進学したのも、親に「あんたは何かに没頭すると周りが見えなくなるから、葵ちゃんと同じ高校に行って面倒みてもらいなさい」とのお達しがあったからだったりする。


娘に他者依存を勧めるとは、なんて親だろう。

とはいえ、私も葵ちゃんは本当の姉のように慕っていたし、レベル感的にも進学できる範囲だったから、特に異論もなく同じ高校に入った。

葵ちゃんもそんな母からの言葉に「いいよー」とふたつ返事で返すもんだから、懐が深い。


そんな葵ちゃんは、今日は生徒会の活動で遅くなるらしい。

宮前先輩がさっき言っていた。


「先輩、すみません。バス通学じゃないのに一緒に待ってもらっちゃって」

あー、いいのいいの、と先輩は顔の前でだるそうにひらひらと手を振る。

その様子は暑さのせいかあまりにも苦しそうで、本当にいいのかどうか心配になってくる。

確か、「宮前は体力が無い」って葵ちゃんが言っていた。


「自転車の2人乗りは危ないしね」

早くも最後の一口を食べ終えた先輩が、そう付け加えたので、ああ、なるほど、と合点がいった。

先輩はそこを気にしてくれていたのだった。




今日の帰り際、下駄箱のところで靴を履いていると、後ろから「藤崎さん」と声をかけられた。

藤崎は、私の名字だ。


振り返ると、委員会で話したことのある他のクラスの男子が立っていて、「いま帰るとこ?おれ自転車なんだけど、後ろ乗ってく?」と誘ってくれた。


あれ、私と君、帰りの方角同じだっけ、という疑問はさておき、自転車の後ろには乗ってみたい。

え、やったぁ、じゃあ……、と言い終わらないうちに「結ちゃん」と、横から少し切羽詰まったように声が割り込んできた。


結、も私の名前だ。藤崎結、それが私のフルネーム。


声のした方を向けば宮前先輩が鞄を抱えて立っていて、「自転車の2人乗りは危ないわよ。結ちゃん、バス通学だったよね。私がバス停まで送っていってあげる。途中でアイス食べよう?」と言われて今に至る。

決して、最後に付け加えられた「アイス」に惹かれたわけではない。


あの時、声をかけてきた先輩の声に圧があった気がしたんだけれど、気のせいだろうか。

いやでも、どうしようかと男子の方を見ると、若干たじろいでいたから、やっぱり気のせいではないのかもしれない。

何かあったのかな。


「でも、自転車の後ろ、少し乗ってみたかった気もします」

基本的に真面目なので、学校で禁止されていることや危ないことはあまりしたことがない。

さっき声をかけてくれた男子も、比較的真面目な部類なので、その子が誘ってくるくらいなら2人乗りくらいはみんなやってることなのかもしれない。

次に誘われたら乗ってしまうかも。

その前に、また誘ってくれるかどうかは分からないけれど。


「……。結ちゃん、アイス溶けてる」

「あっ、うわ、手に垂れた」

ちょっと待ってて、と先輩がカバンからウェットティッシュを取り出す。

ウエットティッシュを取り出したまま一瞬動きが止まって逡巡した後、そのまま私の手を取って拭き出した。


「せ、先輩っ!自分で拭けますって!」

先輩は、私の掌だけではなく指の一本一本まで大切なものを扱うように丁寧に拭いていく。

申し訳なさと恥ずかしさ、くすぐったさで何とも言えない気持ちになる。

そもそも学校帰りにバス停まで歩くこと自体、いつものことだし先輩に送ってもらうまでもない。


なんだか先輩は、いつも私を子ども扱いしているような気がする。


そう言って頬を膨らませると、そっかーそうきたかー、と苦笑いされた。


「ところで、期末テストの結果、返ってきた?」

「あ、はい」

「結ちゃん、って学年順位は何番くらいなの?」

「1番でした」


食べ終わったアイスの棒を私から回収しながら、先輩が「はぁっ!?えっ1番!?……あっ、え、凄いわね!?」と、分かりやすく驚いてくれた。


勉強はもともと好きな方だし、一度夢中になると没頭するタイプなので、自分で言うのもなんだけど、わりと頭も良い方だったりする。


中学校の避難訓練では、警報が鳴ったことにも気づかないほど問題を解くのに夢中になり、校庭から「藤崎がいないぞ!?」というみんなの焦り声が聴こえてハッと我にかえった、という黒歴史もある。

因みに「自分の身は自分で守れるように」という、過保護なんだか厳しいんだか分からない親の方針のおかげで、ちいさい頃から空手を習っているので、それなりに武術の心得もある。


「 ちいさくて可愛いのに勉強もできるんだねぇ、結ちゃんは。私なんて赤点ばっかりだから、このあいだ、進級させてください、って職員室前で土下座してきたよ」

「先輩プライド無さすぎません?」


よく葵ちゃんが先輩のことを「宮前は、取り柄が見た目だけの残念美人」だなんて失礼なことを言っているけど、正直私もそう思うことがよくある。


ふんわりとウェーブがかった栗色の髪に、色白の肌、少し垂れ目で眠そうな顔をしている先輩は、見るからに目立つ。

「結ちゃんといつも一緒にいる先輩、美人じゃない!?」とクラスの子に言われるくらいには綺麗な顔立ちをしているからだ。


話し出すと色々と残念なことが多いけど。


それでも私は、高校に入学してすぐに葵ちゃんから宮前先輩を紹介されたときから、なんとなく、この人のことが大好きになった。

今でも、知れば知るほど、宮前先輩のことを知りたいと思う自分がいるんだ。



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