第2章 宮前先輩と、近づくとき
第1話 結と宮前と、私
私は何を見せられているのだろうか。
期末テストも終わって無事夏休みに突入した7月下旬、私と結と宮前は3人で学校近くのファミレスに来ていた。
目の前には、宮前に英語を教えている結と、その結に教わっている顔だけ美人のポンコツ宮前。
宮前が結と会うための口実に、「3人で課題をしましょう」なんて提案して集まったものの、あまりにこいつがポンコツなせいで、見かねた結が教える流れになっている。
課題で出されているのは高校1年生の復習レベルだから、自主学習でだいたいの1年生の範囲を終わらせている結にとっては朝飯前のようだ。
一体、どっちが先輩なんだか。
「えっと、これは…」
「hasですね。三人称単数の現在形です」
「ああ、そうだった。そうだった」
「そうだった、じゃないわ!もはや中学英語も危ういレベルじゃないの」
もう、葵ちゃんは宮前先輩に厳しすぎ、と何故か私が結に怒られる。
宮前は、そんな結の隣でずっと嬉しそうににこにこしている。
年下に勉強を教えられているのになんでこいつはこんなに嬉しそうなんだ。
はいはいごめんなさいね、とおざなりに謝り、ドリンクバーから入れてきていたウーロン茶に口を付ける。
飲み干してしまったそれを補充するため立ち上がるとき、ちらりとふたりを見たけれど、私が席を離れることに全然気づかないくらいには結は宮前に勉強を教えることに集中しているし、宮前は結の顔を見てデレデレだった。
宮前は、せめてノートを見た方が良いと思う。
本当に、私は何を見せられているんだか。
「会いたいならふたりで会えばいいのに」
宮前が電話で勉強会を提案してきたとき、そう返したのは私だ。
そもそもお泊りまでしているんだから、それなりに私がいなくても間は持つだろう。
そう言うと、「結ちゃんを誘ったら、“じゃあ葵ちゃんにも声かけますね!”だって…」なんて言うもんだから、思わず吹き出してしまった。
「あの子もちょっと鈍いところがあるから…」と慰めると、「うん、段々分かってきた…」と声だけで電話の向こうの宮前が沈んでいるのが分かった。
うまくいかないもんだなぁ、と思う。
たぶん、気になり出したのはお互い同時で、初対面の時からだと私は踏んでいる。
学校の中庭でふたりを引き合わせたとき、ぴぴぴと音がしそうなくらい、ふたりのベクトルがお互いに向いた気がしたんだ。
ちいさくて賢い結と、ポンコツだけど美人で世渡り上手な宮前。
このふたりは結構お似合いだと思っている。
好きなら付き合っちゃえばいいのに。
私自身は元来、竹をスパッと割ったような性格のため、こういう恋愛事には直球勝負しか無いと思っている。
宮前自身も結構こっちよりなので、自分の気持ちに気づいてからは結に結構ぐいぐい迫っていたと思う。
そこに、性別がどうとか、は宮前はたぶん気にしていない
問題は、たぶん結のほう。
宮前と違って理性があるから(そんな事を言うとまた結に「先輩に厳しすぎだよ!」と怒られそうだけど)、きっと色々余計な事を考えているんだと思う。
それが何かは分からないけれど。
「ねぇ、葵」
「ん?」
そろそろ電話を切ろうとしていたとき、宮前が泣きそうな声で呟いた。
「葵と結ちゃんって、本当に仲が良い幼馴染ってだけ?」
ああ、こいつもこじらせてるなぁ、と呆れて「ばーか」とだけ言って電話を切った。
本当、うまくいかないもんだなぁ、と思う。
「ん、結ちゃんのおかげでだいぶ課題進んだよ。ありがとう」
やり切ったように伸びをしているが、その進んだ課題とやらはまだ序盤である。
「宮前先輩、私が言うのもなんですが、中学の英単語と文法を結構忘れているようなので、夏休みの今のうちに復習していた方が良いと思います。中学の頃に使っていた問題集をざっと見直したり解くだけでもかなり復習になると思います。それが面倒なら薄い問題集を買って解くのもおススメです。単語は長文のなかで覚えた方が効率がいいと思います。あと、実はリスニングの方が力がつきやすいから耳を慣れさせるために日頃から洋楽とか聴いて……」
この子もこの子で、やっぱり鈍いし変わってるんだよなぁ。可愛いんだけど。
本気で宮前の学力を心配している結は、目が真剣だった。
「結、もう止めてあげて」
目が点になっている宮前が流石に可哀想で止めに入ると、結はきょとんとしていた。
課題がひと段落したところでお喋りをし始め、時刻も17時を回ったところでお開きになった。
「ふたりは結ちゃんの家に帰るの?」
という宮前の言葉に、「いんや、今日は私の親も早く帰って来るから自分の家に帰るかなー」と返す。
うちの両親も、そういつも忙しいわけじゃないからね。
結のご家族にも普段から良くしてもらっているけれど、やっぱり自分の親が早く帰って来る日は、結構、嬉しかったりする。
そうかそうか、と頷く宮前を結がちらりと見て、私の方に目配せをする。
うん、と頷くと同時に結が宮前に抱き着いた。
「わっ!結ちゃんどうしたの!」
「宮前先輩も、今度うちに来ませんか!」
「あわわ、親御さんへの挨拶ですかっ!」
「?」
「あ、間違えた」
宮前が珍しくしどろもどろになっているのを横目に見て、思わず笑ってしまう。
それにしても、結のやつ。
元々他人へのくっつき癖があるから、「むやみに他人に抱き着いてはいけません」って昔躾けたことがあったけど、それを覚えてたんだな。
夏休み前、田辺の前で宮前の方から結を抱きしめたりしていたから、それなら自分からしてもいいのかな、と思ったんだろう。
でも、他人との距離のはかり方を私に確認するな。
宮前と別れた後の帰り道、結とふたりでバスを待つ。
まだ完全に日が暮れているわけではないけれど、今歩いてきた小道も、バス停も、近くに佇む商店の窓ガラスも、辺りは全部橙色に染まっていた。
少し遠くの空を見上げると、うっすらと藍色のグラデーションが見える。
「結はさ、宮前のこと好きじゃないの?」
こういうのって、オブラートに包んだ方がいいんだっけ。でも結だしなぁ。
「え?好きだよ?一緒に居て楽しいし、優しいし」
ほら、たぶん分かってない。
「…めんどくさ」
え、なになに、と身を乗り出してくる結の頭を「はいはい。何でもないよ」と鷲掴みして押しとどめる。
こういう、他人との距離感の近さなんだよなぁ、宮前にヤキモチを妬かせるのは。
あいつも大変だな。
少し寂しいけれど、良い機会だしそろそろ姉離れ、妹離れするときかもしれない。
取り敢えず、暫くは見守ってやるか、と大好きな友達と、隣にいる大好きな妹分を支えることを心に決めた。
―――――――――――――――――――
GWに突入してやっと時間ができたので、藤崎宮前の続きを書いていきたいと思います。
葵ちゃんは、本当にいいやつです。
結ちゃんのお姉さん的な存在で、本人にもそれ以上の感情はないです。
でもちょっと、寂しいなぁ、と思うところはあるわけで。
私としては、この小説の一番最初にふたりの紹介じゃなくて葵ちゃんの話題から出すくらいには、気に入っているキャラだったりします。
これからまた、再開しますので、お時間のある時に少しでも読んでいただければ幸いです。
ちりちり(。・_・。)ノ
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