第22話
銀髪の女は、末安雫枝だった「何か」を助手席から連れ出すと、手を繋いだまま自身の乗ってきたバイクに股がり、その後ろに沿わせる形で「何か」を乗せた。「何か」は当然のように銀髪の女の腰に手を回す。
そのままバイクは走り去っていった。
「………」
残された牟田はスーツのポケットに入れていた自身のスマホの電源を入れる。
闇の中にあって画面は煌々と光だして目に痛い。黒い目を細めて画面を見下ろし、牟田は見知った番号の通話ボタンを押した。
『…はい。』
電話に出たのは、沈んだ声の末安朋美だった。
※ ※ ※
一週間後。
未だ末安雫枝は戻らない。
『それがお母さんの意思なら、…私たちはどうすることもできません。』
あの日、末安雫枝がやはり何者かと入れ代わっていた事実を伝えると、末安朋美は静かな声でそう言った。
受け入れるしかないと、覚悟はとうについていたに違いない。
「………」
逃げ出したいほど追い詰められた母親は、それでも自身の身代わりを置いて出ていった。
それが意味するものが愛なのか自己満足なのかは、牟田にはわからない。
結局、何一つ解決しないまま、牟田の仕事はここで頓挫した。
※ ※ ※
「おはようございます、所長。」
その日、事務所の薄っぺらいドアを開けると、三條がパソコンの前に座っていた。
相変わらず、チュッパチャプスを口にして。
「おー、三條君、戻ったの?バカンスはどうだった?リフレッシュできた?」
「…バカンスとか口にする人はじめて見ましたよ。」
「え、そうなの?今、言わないの?」
「昔もそうそう言わないすよ。日本人は。」
「そうだねぇ。働きすぎなんだよねぇ。昔も今も。」
牟田は出社の途中で買ったスポーツ新聞を片手に、自身のデスクまで歩を進めると、中古の椅子に腰かけた。すると、
「で、所長、例の件はどうなったんすか?八反田先生も教えてくれなかったけど。」
三條がパソコンを見据えたままぞんざいに聞いてきた。その態度に思わず笑みが漏れる。
「何も。何も解決しなかったよ。」
「はあ?またタダ働きしたんすか!?俺の給料どうなるんですか!」
ようやく牟田を見た三條は、色素の薄い赤っぽい目を丸くした。しかしすぐさま三角に尖る。
「いやだなぁ、三條君。…今から頑張るんじゃないの。」
その鋭い眼差しを避けるように、牟田はそそくさとスマホを開き、
「ほらほら見て見て、八反田から離婚調停用の調査依頼来てたよ!」
「…結局八反田先生頼みじゃねえすか。」
「縁故は大事だよ。三條君。…人間が、生身で生きるためにはね。」
「………」
呆れた三條は何も応えない。
静寂の中で、不意に窓の外から鳥の声が谺する。
牟田はゆっくりと振り返った。
「………」
カッコウは、自分で卵を育てない。
だからといって、カッコウに愛がないとは誰にも言えないだろう。
(…真実なんてのは、人の数だけ存在するのが世の常だ。)
牟田は自嘲気味に笑いながら視線を戻すと、いつものようにスポーツ新聞を広げ、いつものようにメロンパンの封を開けた。
了
止まり木で鳴くのは閑古鳥 みーなつむたり @mutari
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