ちょっと珍しいだけのありふれた超能力。
多賀 夢(元・みきてぃ)
ちょっと珍しいだけのありふれた超能力。
この世は分岐だらけである。誰かがくしゃみをするだけで、いつも右足から歩くのを左足からに変えるだけで、そこに無限のパラレルワールドが現れ、小さな選択で未来がどんどん変わっていく。
……というのは、もうとっくの昔に知られた形而上学の一定義だ。実際はそんな事で運命など変わりはしない。『北半球で蝶が羽ばたいたら南半球で竜巻が起こる』なんて話もあったが、常識的に考えてこの地球じゃそんな事は起こらない。この地球上にはあまりにも複雑に運動エネルギーが飛び交っており、どんな運動エネルギーもほぼ確実に霧散していくからだ。手を上げたくらいでは、一人の人間程度ならともかく人類や地球全体では何も変わらないのだ。
それでも未来を変えたい、という人はあまりにも多い。
正確には『不幸な現在を変えたい』、というべきか。
「じゃ、やろうか」
私が手招きをすると、深刻な顔をした同級生の女子がやって来た。
ここは人気のない図書室。立派な蔵書が揃っているのに、テスト前の勉強会以外では誰もやってこない。だからこそ、私に縋りたい生徒たちはここに私をちょくちょく誘う。
「相談は、恋愛だっけ?」
女子は深刻な顔をして頷いた。
「あのね、私、学外に彼氏がいるんだけど――」
「ストップ」
私は女子の言葉を遮り、机に積み上げたカードを指さした。
「これに聞くから大丈夫」
タロットカードの山を見せて、相手を私の正面に座らせた。
「ではカードを混ぜるから。途中であなたにも、少し混ぜてもらうわね」
深刻な顔をして、彼女が頷く。
私はカードを両手でかき混ぜるようにシャッフルし、相手にも2度混ぜさせた。それを再び山に戻し、カードを三枚取って伏せた状態で並べる。
「では、過去、現在まで開けるわね」
左から2枚表に返す。悪魔、死神と、禍々しいカードが現れて、彼女は青い顔になった。
「悪い男に引っかかって、最悪の形で捨てられそうだと」
彼女はこくん、と頷いた。何か言いたそうなのを制して、最後の1枚に手をかける。
(あ)
そのカードを触った途端、彼女の今が私の中に流れ込んできた。
――無理やり迫って来た男が、その後もストーカーのように付きまとい、彼女は諦めて体を任せた結果妊娠してしまった。しかしこれを男に告げてしまったら、男は彼女との関係を無かった事にする未来が見える。――
カードを表に返した。女帝の逆位置。最高の状態の逆だから、最低の未来。
「産みたいの?」
そう尋ねると、彼女は目を見開き、次いで泣き出した。どうしていいのか分からない、という感じだ。
「そうねえ、私には人の未来なんて変えられないから。せいぜいが一人分」
私は軽く息を吸い、止めた。悪魔と女帝のカードをくるりと回す。
――よし。運命の歯車が、回った音がした。
「少しはいい未来になると思うから。深刻に悩まないで」
慰めにしか聞こえないであろう言葉を、私は確信をもって口にした。
結局彼女は中絶し、それが学校にバレて停学になった。やはり子供の命は救えなかったかと、私は悲しんだ。
しかし停学になって数日後、彼女の方から連絡があった。待ち合わせの場所に行ってみると、彼女は実に色艶のいい顔で、穏やかに笑っていた。
「男がいなくなったのね」
彼女はにっこりと微笑んだ。
あの日、ひっくり返していた『悪魔』のカード。これは彼女に迫った男の象徴でもある。悪魔の正位置には束縛、背徳などの意味があるが、逆位置には解放、脱却の意味がある。私は男との出会いで生まれた歪みを正し、未来に響かないようにしたのである。
なんでも彼は親に拉致されて、矯正施設に入れられたのだとか。きっと出てくるころには、善良な人になっているでしょう。
「あんな儀式でも、深層心理には効果あるでしょ?」
私はそう微笑んでおいた。――誰かの未来をほんの少し変えるなんていう超能力、ちょっと珍しいだけだしね。
ちょっと珍しいだけのありふれた超能力。 多賀 夢(元・みきてぃ) @Nico_kusunoki
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