覚悟の果てに -後編-

 森を挟んだ向う側にある国、そうもう一つの停戦国家の戦車だ。交渉の際に軍倉庫を見学させてもらったときに見た記憶がある。丸み帯びたフォルムが特徴で、砲身長が小さく機動力に優れた小さめのタイプだ。


 彼らが前進するのと同時に俺は戦車を後退させざるを得なかった。丘陵地の中心部まで下がり車両を停止させると、後ろから声が聞こえる。


風見鶏ヴェインさん、先ほどぶりですね」


 エクセルキトゥス中佐が拡声器によってこちらに呼びかけている。更に背景音楽として重車両特有の低音を響いていた。両軍の戦車に挟まれていることは容易に想像がついた。彼はゆったりとした口調であり、その姿は悪いことをした子を諭す親だった。


「てっきり、もう森に逃げられてしまったものだと思いましたが、またお会いできて非常に嬉しく思いますよ」


 白々しいことこの上ないと俺は思った。俺が森に逃げるタイミングでたまたま敵国が電撃戦を仕掛けてきた確率が一体どれほどあるだろうか。


「もうお察しかと思いますが、貴方は完全に包囲されています。我々と我々の友軍にね」


 あちらのスパイの不手際に文句を言っていたというのに、舌の根も乾かぬうちに友軍と抜かしている。その乾かぬ舌はどうやら二枚舌らしい。


「何か不自然だとは思いませんでしたか。妙に我々の諦めが良かったり、都合よく監視の目が甘かったりなど。まぁ、戦車を取り返されてしまったのは計画外ですが、計画に修正はつきものです。前もって万が一に備えて戦車隊を召喚したのは正解でした」


 計画外だが予想外ではなかったということか。やはりやりにくい相手だ。まんまと術中に嵌ってしまった。


「さて。ここで最後の機会を与えます。三十秒数えるまでに戦車から降りて、投降してください。三十……二十九……」


 俺はスプルを眼差しを向ける。彼は不安そうな表情をしていた。彼に一言二言声を掛けた。


「二十……十九‥‥」


 全ては決まっていた。


「十六……十五……」


 急いで俺は準備をする。


「四……三……」


 最善の選択へ。


「二……一……」


 その覚悟を示す時が来た。


 零、と彼が言いかけた時に俺は勢いよくハッチから飛び出た。地面に降り立つ。そのコンマ数秒後には俺はその場から消えていた。熱晶によって生まれた熱エネルギーがアクチュエータによって脚力になって解放される。比喩では無く、本当に俺は生きる弾丸になっていた。


 手には一振りの刀。トリガーを引くだけで刀身が魔法のように伸びていく。出来上がったばかりのその抜身は高温に熱されており、凄まじい蒸気を辺りに漂わせる。


「総員、撃てぇぇ!」


 森側に控えていた戦車たちが俺に向かって砲弾を射出する。それは音速の何倍もの初速で空を切りながら飛翔していく。幾ら強化外骨格パワードスーツを着ていようとも当たればあの世行きだ。飽くまであるとしたらの話だが、地獄行きは間違いない。


 俺は真正面から砲弾を叩き切る。溶けたバターの如く刃が通り、後ろに流れていった砲弾の破片たちは地面に墜落して爆発する。紙一重の攻防に一息つく間も無く、次弾がやってくる。排気口から空気を出して宙に留まりながら、弾を袈裟斬りの要領で斜めに切り落とす。唯一の救いはスプルが搭乗している俺の戦車はまだ狙われていないということだ。鹵獲が目的か、はたまた真意は別にあるのか。ともかく俺は精一杯の動きで敵を引き付ける。


 森側の戦車隊の動きが止まった。丘側に動きはなく、静観を決め込んでいる。俺は反撃に打って出た。再度トリガーを引き、刀身を限界まで引き伸ばす。折れたって構わなかった。重量も長さに比例して勿論重くなるがテトラロニアを持ってすれば可能だった。


 思いっきり、射程圏内に収めた戦車に対してジソウを振り抜く。案の定、根本からジソウの刀身は折れて地面に落ちる。それと同時に視界全体を爆炎に包まれ、轟音が遅れてやってくる彼らがどうなったかなど想像するまでもない。文字通り灰燼に帰したのだ。


 丘側に戦車隊を見遣ると、今にも発射しそうな勢いであった。ジソウの柄に貯められていた金属はもう残り少なく、戦える状況ではない。奴らもこの状況で俺の戦車を狙わないほど悠長に構えている余裕は無いはずだ。俺はハッチに飛び込む形で戦車に入り、アクセルペダルを踏み付けて発進する。既の所で追撃を逃れ、横の地面が爆ぜた。爆風と煙幕がそこら中にある中で、俺たちは焦土と化した森へと侵入する。


「撒けた……訳無いか」


 後ろを振り返る余裕はないが、履帯の音が複数あることが何よりの証拠だった。俺は自動運転モードに切り替えて、火器庫ガンロッカーにとある物を取りに行く。本来使うはずのなかった最終兵器、威力も底知れないため自分も巻き込まれる可能性のある代物だ。それでもここで使わなければやられる。


 俺はそれを戦車砲に装填する。そして砲塔を回転させて後ろを向く。回避行動に移ろうとしている彼らだったが今更動いた所で意味はない。俺はトリガーを引く。凄まじい衝撃と土煙が上がった。流線型のフォルムをした砲弾が射出され、俺と敵戦車隊の間で傘が開くようにして炸裂する。


 内部には核分裂を制御・促進させるための錬金式と核分裂物質が入っていた。四元素『火』によって小型だが十二分な威力を齎し、更には『風』によってその方向を決定づける。爆発と放射線をコントロール出来る指向性核砲弾『ペンタトニック』は余すことなくその強さを示してくれた。戦車隊は真正面からその眩い光を受ける。何もかもその光に包まれた。俺はブレーキを踏みながらその爆風に耐えた。戦車内が大きく揺れる。幾ら小型かつ指向性があるとは言え、核兵器には変わりない。


 目がようやく慣れてきて、眼前の景色をこちらに伝える。跡形も無く、というのは少々不適切な表現だった。何故ならそこらに戦車砲の破片や元が何だったのか分からない肉塊、血溜まり、巨人が手で抉り取った後のような地面があったからだ。これまでにも直接人を殺したことはあった。交渉のいざこざの末だったり、恨みによる敵襲だったり理由は様々だ。けれど、こんなに大量にあまつさえ酷い殺し方をしたのは今回が初めてだ。これで正真正銘俺は世界を敵に回す極悪非道な武器商人、もとい戦争屋とも呼ぶべき存在に成り果てた。


 ◆


 建物の影に隠れている時、奴は私に俺を信じてくれと宣った。寝込みを襲われてまんまと捕縛される奴を信用するのは些か心配だが、今はこいつしか頼れる者が居ない。何とも情けない話だが、それは事実だった。決してこれからのことに恐怖や緊張などはしているつもりは無かった。ただ震えが止まらなかった。奴が私の毛を無遠慮に撫でてくるのが、不思議と心地よかった。それに従って心も平穏を取り戻した。


 奴の作戦は驚くほど上手くいき、私たちは国外脱出に成功した。しかし待ち構えていたのは、あの勘の良い中佐とやらが呼んだ戦車の一軍だった。後ろからもどうやら戦車が迫っているようで私たちは袋の鼠だった。


 中佐の死のカウントが戦場に木霊している。そこで奴は私にこう言った。


「スプル、お前はここにいて俺の帰りを待っててくれ。必ず帰ってくるから」


 私の返事も聞かずに奴はそそくさと準備をして出撃してしまった。ぽつんと一人車内に残された私は急激にその孤独に怯えた。死への恐怖ともまた違ったものだ。奴に拾われなければ命を落としていた身としては、今更ここから飛び出すつもりは無い。ただ奴に会えないことを恐れていた。仮に自分が命からがら逃げおおせても、奴が生きていなければ何の意味もないとさえ思うほどに。これは何だ。自問自答するも答えは出ない。あれこれ考えている間にも、薄い装甲の先から激しい戦闘の音が響いている。


 奴はしっかりと帰ってきたが、ハッチを開けるや否や飛び込むようにして運転席に座った。私はその背中に安堵しながらも吹き飛ばされないように四肢で踏ん張る。


 砲撃を避けながら森に進むと彼はまた下の部屋に向かい、何やらどんぐりのような形をした砲弾を担いできた。彼の顔は強化外骨格のせいで見えないが、肩で息をしていることからも疲れていることが伺えた。


 砲弾の射出音と共に全てが終わった。閃光に思わず身を伏せる。光が落ち着いた後に小窓から外の景色を覗く。それはそれはもう悲惨な光景だった。けどそれよりも印象に残っているのはテトラロニアを脱いだ奴が見せた悲しそうな横顔だった。


 ◆


 俺たちは森を横切るようにして別の国へと移動している途中に顔馴染みの行商人と出会った。そもそも俺たちを受け入れてくれる国があるのかは考えないようしている。俺は幾つかの食料と熱晶や焼結鉱、そして最新の号外を彼から買う。


「ほいよ」


 無愛想な感じでこちらに号外を放り投げてくる行商人。いつものことなので特に気には留めない。号外の見出しは『極悪武器商人 遂に核攻撃』だった。そこには俺が国立錬金学院から素行の悪さにより除名処分を受け、その腹いせとして生まれ故郷への外患誘致を企てているなどという飛ばし記事の典型例とも言うべき出だしだった。


 次に核攻撃に手を出したという件について書かれているが、情報量が少ないためか指向性の文字は見当たらない。俺を危険視した停戦国家は記事内で称賛され、世界中から今回の被害の支援を受けることになるだろう。あの中佐は二階級特進になり、俺はめでたく正規の大犯罪者だ。懸賞金がかけられても何ら不自然ではない。


 俺は溜息を付きながら一つの写真に目が行く。それは俺が入学時に撮られた顔写真だ。凡そ今の俺と同じ容姿であり、誰でも俺がこの写真に映るものと同一人物であることには気づく。


 行商人もこの記事は流石に読んでいるはずだ。それなのにどうして、という俺の顔から察したのか、彼はこちらから聞くまでもなく答えを口にした。


「金さえ出してくれれば、死神だろうが殺人鬼だろうが俺は商品を売る」


 俺はその言葉に満足して、踵を返して戦車のハッチを開けて乗り込む。


「おーい、スプル。そろそろ出発するぞ」


 近くの茂みで用を足していた美しい毛の冬狼がやってくる。彼は器用に装甲を登って中へと入った。


 俺の好きな言葉にこんな物がある。


『等価交換は何も錬金に限ったことでは無い。この世界の真理だ』


 全てを手に入れようとするのは愚者の行いである。何かを得るためには何かを犠牲にしなくてはならない。俺は今回の一件でそれを改めて実感した。スプルという新たに出来た掛け替えのない存在を守るために俺はこの地獄を選んだのだ。そこに後悔はない。


 がたがたと地を這うようにして進む戦車に、俺とスプルは搭乗していた。雪は溶け始め、草木が芽吹き始めている。もうすぐ春が訪れようとしていた。

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錬金紀行 ヨルムンガンド @Jormungand

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