ホラーシップ

朽木桜斎

ホラーシップ

「タカシく~ん、いつまでも動画サイトなんか見てないで、早くお風呂に入りなさいよ~」


「は~い、お母さ~ん」


 小学生の小暮タカシは、いつもように自室で怪談専門の動画サイト「幽チューブ」を視聴していた。


 部屋の外から母親の声が聞こえても、軽い返事だけをして、目線は端末の画面に釘づけだった。


「オモチャ散らかってたでしょう。片付けておきなさいね~」


「は~い、お母さ~ん」


 そう言われたものの、ひっ散らかったオモチャのことなど意識のうちに入るわけはなく、あいかわらず怪談の朗読に夢中のままだ。


「うん、この動画も面白かったです……次はどんなのが来るのでしょうか……」


 画面には次の動画のサムネイルが表示されている。


「ほうほう、ホラーシップですか……いったいどんな内容でしょう?」


 黙っていると、自動的のその動画は再生された。


「うお、始まりました……」


 しかし画面は真っ黒だ。


「なんでしょう……故障でしょうか……?」


 タカシがしばらくブラックバックを見つめていると、不思議な声が響いてきた。


「タカシくん、君はかなりの怪談好きのようだ。どうだい? わたしたちといっしょに、怪談の語り部にならないかい?」


 その声はどうやら端末ではなく、タカシの背後から聞こえてくるようだ。


「わあっ!」


 彼が振り返ると、オモチャの船がプカプカと空中に浮いているではないか。


 果たして声は、その船の中から聞こえてきている。


「タカシくん、ホラーシップとは、われわれが乗り込んでいるこの船の名前だ。われわれは君のような怪談好きな人間を見つけては仲間に引き入れ、怪談を世界へ広める旅をしているんだ。どうだいタカシくん、君もここに来て、いっしょにその旅へ出ないかい?」


 船の声はそのように告げた。


 タカシは最初こそビックリしていたが、だんだんとその提案が面白いと思いはじめた。


「僕なんかでよければ、その……ぜひ、連れていってください……!」


 彼はそう答えた。


「おお、そうかそうか! よしよし、ではさあ、こちらへおいで」


「うおっ……!」


 タカシの体はみるみるうちに、その小さなオモチャの船の中に吸い込まれていった――


   *


「タカシく~ん、あら、どこに行ったのかしら……?」


 お母さんが部屋に入ったとき、タカシの姿はどこにもなかった。


「トイレ、かしら……?」


 彼女は部屋の真ん中に落ちている息子の端末を見つけた。


「もう、画面もつけっぱなしにして……」


 そのとき、ディスプレイにカタカナの文字が映し出された。


「あら、何かしら? ホラーシップ……?」


 黒いサムネイルの奥から、よく知っている声が響きわたった。


「そこのあなた、怪談に興味はありませんか? とてもとても、面白いお話があるのです……」


(了)

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ホラーシップ 朽木桜斎 @Ohsai_Kuchiki

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