最終話 さようなら
空は夕焼けが終わり、既に真っ暗になっていた。ほんのりとともる外灯の明かりが、僕らとタケシくんの軽トラを照らしていた。
「タケシくん、由紀、僕らこのまま一緒にいよう」
僕はそう言った。タケシくんを一人にしたくなかったし、由紀のことももちろん一人にしたくない。そして何より、僕が一人ぼっちになりたくなかった。
「いいんすか、俺、お邪魔じゃないすか」
「全然。3人でいようよ。あと数時間しかないし」
「そうだね、一緒にいよう。ここにいようよ。寒いけど、一緒なら大丈夫だよ」
僕らは軽トラを道に置いたまま、海辺で過ごした。散歩をしたり、座ったり、海の水に触ったり、暗いのに砂遊びをしたりした。タケシくんは何度も泣いていた。施設の思い出話をたくさんしてくれた。好きだった女の子がとてもかわいくて、大きくなったらファッション誌のモデルになった話もしてくれた。由紀は結婚していた頃の話をいくつもしてくれた。浮気されてムカついたことを散々聞かされた。タケシくんは由紀に同情して、僕に浮気しないように怒鳴りつけた。浮気したのは僕ではないので、少し困った。
僕は、何も話すことがなかった。思い出深いこともなく、感動的なこともなく、楽しいこともつまらないこともなく、自分に何もなかったのだと思い知った。感情のないロボットになった気分だった。そのように語ると、由紀は「わかってる」と言った。タケシくんは「俺もわかる気がするっす」と言った。そして由紀は、「そんな直人だから、一人だけ生き残っちゃうかもね」と、ひどいことを呟いた。
スマートウォッチを眺めたら、23時57分だった。あと残り3分。3分で、地球は終わる。問答無用で終わる。
「もうすぐだよ」
「そうだね」
「俺、もう思い残すことないっす」
水平線が徐々に明るくなってくる。深夜なのに。まるで、日の出のように明るい。何かが近づいてきそうな音がする。遠くで、ゆっくりと、何かが近づいてくる。波が大きくなってきた気がする。波の音が変だ。波が突然引いていく。時計を見る。あと、10秒。3人で、ぎゅっと手をつなぎ合う。
空が、急激に眩しくなった。
僕の意識は、空へ飛んだ。
意識だけが空を飛んでいく。由紀の意識が、遠く離れていく。タケシくんの意識は、僕のさらに上空に飛び上がっていた。
僕は一人ぼっちで、空を飛んでいた。もう、由紀もタケシくんも、どこにもいなかった。ただ、僕の意識だけが存在していた。
急に、お母さんとお父さんに会いたくなった。
でももう、どこにもいない。
僕ももう、どこにもいない。
<完>
地球が終わる日 鹿島 茜 @yuiiwashiro
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