第9話 世界の再生

 『あなたがたも、もうそんな事をしなくても大丈夫ですよ』


 何が起こったのか理解していなさそうな男達に声をかけるが、恐ろしいものを見るような目でこちらから距離をとっているので放置しておく。

 新しく生まれた精霊樹ちゃん、可愛いと思うのだが。前の精霊樹さんも綺麗だったんだろうな。男の子が言っていた精霊というのは、この子たちの事なんだろう。そりゃあ私は違うわけだ。だって私は退職後の小旅行に来たような幽霊だから。

 外へと出ると相変わらずのカラッカラな大地が広がっている。


『さて。精霊樹ちゃん。寝起きで早々申し訳ないのだけど、お仕事しましょうか』

「お前、さっきから何言って……」


 戸惑いっぱなしの男の子を、まあまあと宥めて、彼の頭に鎮座している小さな女の子に視線を合わせると、するりと滑り降りてきて私の目の前で止まった。


『私の概念を吸収するんですよね?』


 尋ねると、無邪気な様子でコクンと頷かれた。そして私の額に小さな手で触れると周囲に緑の風が広がった。

 可視化された風は見ていて面白かった。何故ならそこから大地の色が赤茶から新緑へと一気に塗り替えられていったから。乾ききった大地が一瞬にして潤いある緑の大地へと変換されていくのだ。さらに遅れるように木々が生えはじめ、林が生まれ、森が生まれ、どこからか川が流れ始め、元の様相など一欠けらたりとも残らない。

 それにしても生えてる木に若干果樹が多いのは私の願望が繁栄されているからだろうか。それならばありがたいが。いきなりこんなに緑にまみれても、食料はすぐには調達出来ないだろうし。ちらっと見えた小動物は、しかしいったいどこから出てきたのだろう。それを言ったら植物もなのだが、植物と動物とではインパクトが違うので、どうにも戸惑う。

 何事かと集まった人の姿もあるが、みな一様に呆けているようだ。男の子も呆けているのだが、まあ普通の反応かと思う。私だって精霊樹の話を聞いてなければびっくりする。

 見える範囲は緑だらけだが、はるか遠くでは海も作られているだろう。たぶん、魚も生まれているだろう。大地が栄養豊富になれば海も栄養豊富になり魚たちが栄える。

 新しい精霊樹ちゃんは、クルクルと楽しそうに回りだし、私に鼻先にチュとキスをした。その途端、それまで明確だった感覚がぼんやりし始め、慌てて男の子を降ろす。


『えー、急ですが。そろそろ私もお暇する時間が来たようです』

「え?」


 呆けていた男の子がこちらを見た。


『私、お役目を果たしたところで元の世界に戻る予定なんです』

「え!?」


 驚いて私を掴もうとした男の子だったが、もうそれは叶わなかった。

 空振りする手に呆然とする男の子に、少々申し訳なさを感じながら頭を下げる。


『あなたとお話し出来てとても楽しかったです。短い間でしたが、ありがとうございました』

「ちょっと待てよ! なんで急に!」

『先代と言ったらいいのでしょうか? 精霊樹さんに呼ばれて、私はここに来たんです。子供を芽吹かせてほしいと頼まれて。出来るかどうかはわかりませんでしたが、あなたが居てくれたから無事にこの子は目を覚ましてくれました』

「なんだよ……それ。黙ってたのか……?」

『いいえ。記憶が無かったので、初めて会った時に言った事は本当です。自分がなんなのかもわかりませんでした。今記憶が戻ったのは、ボーナスタイムという奴でしょう。せめてお別れを言う時間ぐらいはと、精霊樹さんの計らいでしょうか』

「……どうしても行くのか?」

『行く、というより還る、という方が正しいですね。私の意志とは関係なく、私もこれからすべての記憶を無くして輪廻に戻るそうです』


 だんだんと男の子の顔が歪んでくるのが、見ていて辛くなってくる。

 男の子の頭をそっと包み込むように抱き込んだ。


『大丈夫です。あなたには精霊樹という絶対の守りがついています。もう怖い事はありませんよ』

「でも……お前、いないんだろ…」

『そうですね。そこはしょうがないです。私、別の世界の魂なので』

「そうなのか?」

『そうなんです』


 すうっと自分の身体が透けてくるのが見えた。そろそろ本当にお別れのようだ。

 ちらっと小さな精霊樹ちゃんを見ると、大丈夫というように大きく頷かれた。

 うん。大丈夫だろう。


『それでは、私はこれで失礼します。ルクスさん、よき人生を』


 最後に男の子の額に祝福のキスをして、私の意識は消えた。







 泣くまいと思って歯を食いしばっても、歯の隙間から声がもれてしまう。

 急に出てきて、急にいなくなるなんて、勝手な奴なのに。

 ごしごしと目をこすっていると、ツンツンと髪の毛を引っ張られた。


ねえねえ、お姉ちゃんはかえってないよ?


「え?」


だって、魂の欠片をこの世界に残してるんだもん


「たましいのかけら?」


あそこに残ってる。


 小さな女の子が指さしたのは、精霊の住処だった。

 どういう事だろうと思った時、俺はハッとした。

 あいつ、じいちゃんを自分の手を使って隠してた。


どうしよう? 欠片を還してあげる?


「やだ」


 そんなの、嫌だ。かえしたら、かえってこないんだろ?


じゃあこっちにあるよ~って呼んで、この世界の循環に入れちゃう?


「そうしたら俺はあいつに会えるのか?」


同じ魂には会えるけど、何も覚えてはいないよ?


「それでもいい」


うん。じゃあ呼ぶね。欠片をくっつけて元に戻すのにちょっとだけ時間がかかるけど、ちゃんとするから安心してね。







 時は流れ、環境の変化に戸惑い喜び、新たな争いが生まれたりもしたけど、俺は精霊樹の力を借りて国を興し暮らしを安定させ、少なくとも表面上は穏やかになった。

 日課になった精霊の住処参りに行くと、そいつはいた。

 光の中、白いもやもやではなく、ちゃんとした人間の姿だったけど。


「なんだ、お前。そこから離れろ」


 声をかけると、ぼんやりした顔でこちらを見た。黒い髪に黒い目。あの時は年上だったけど、今ではもう俺の方が年上だった。


「ここは、神聖な……ばしょ、なんだぞ」


 こらえても、込みあがってくるものが苦しくて、言葉が掠れる。

 あいつは戸惑ったような顔でこちらを見ている。たぶん記憶が無いんだろうけど、俺には関係なかった。


「遅いんだよお前は……」


 腕に抱く身体は小さくて、細くて、こんなので俺を守ってくれていたのかと思うと言葉にならなかった。


「えー……と? どちらさまでしょう? というか、私はだれでしょう?」


 気の抜けるような声に、笑いが出た。

 こいつ変わってないわ。


「さあな。少なくとも、幽霊には見えないな」


 え? 幽霊? と戸惑う顔に、こらえきれず笑いが零れた。

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幽霊と種守りの七日間 うまうま @uma23

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