第2話 つくしさんとの出会い
1
俺――
一部上場企業に勤めており、周りの同世代と比べるとちょっとばかり収入は多いけれど、その分拘束時間も多くて、終電で帰ることもしばしばある。また、残業代は当然つかない。
だから時給換算したらきっとへこむのでしない。
積極的に誰かと絡むのが苦手で、そんな受け身な姿勢が災いしたのか、友達はほとんどおらず、また彼女もいない。
来る日も来る日も会社と家を往復するだけの日々。
何か日常に潤いが欲しくてゲームや本、サイクリングにテラリウム、色んなことに挑戦してみたが、仕事の疲れでやる気が続かず、どれも途中で投げ出してしまった。趣味と呼べるものは何もない。
何かに夢中になりたいのに、何をすればいいのか分からなくてもどかしい。
疲弊していく毎日。
生きていて何が楽しいのか、考えることすらめんどくさい。
そんな時、俺はつくしさんと出会った。
2
あれは二か月前の五月のこと。
帰宅すると、俺の部屋の前に誰かが立っている。
なんだ?
宗教の勧誘か?
「あなたは今幸せですか?」なんて聞かれたら、俺が幸せに見えますかって啖呵を切ってやる。
あんたなら俺の日常を幸せにしてくれるのかい?
できることならやってみやがれ。
そんなつまらないやりとりを脳内シミュレートしながら、俺は部屋の前まで歩き、声をかける。
「あ、あの……な、なにか?」
振り向いた彼女はとても美人で、一瞬、この人と関われるなら入信してもいいか、と本気で考えた。
「あの、私お隣に引っ越してきた宇馬井つくしです」
「え? ああ、ひ、引っ越しね」
「これ、お近づきのしるしに」
「あ、すいません」
高級そうな銘菓の小包をもらった。
「お名前を伺っても?」
「あ、えと、富坂四遊です」
「しゅう、さん?」
「ああ、いえ、しゆうです」
この名前は自分でも変だと思う。だいたいこういうふうに聞き返されるのである。
「しゆう、か。じゃあ、しーくんって呼んでもいいですか?」
「はぁ?」
「うふふ、可愛い響きでしょ、しーくんって」
「いや、え?」
「それじゃ、これからよろしくね」
初対面なのに一切警戒心を感じさせない朗らかさと、明るい気質、そしてこの美貌にとんでもない巨乳。彼女は誰とでもこんな簡単に打ち解けられるのだろう。
おっとりした話し方なのに、ぐいぐいと距離を詰めてくる。
そういうのに男はコロッと騙されるんだろうなぁ。俺も気を付けないと。
*
この時俺は、自分がつくしさんと深い仲になるだなんて、全く思っていなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます