第3話  染み渡るぜ!

 1



「あぁ、今日も疲れた」


 昨日やり残した仕事をするために、今日は早出出勤をした。久々に始発に乗ったぜ。


 体がガチガチのギチギチだ。関節がまるで錆付いているかのような感覚にすら陥る。今日は外回りもなくて、ずっとパソコンに向かっていたからなぁ。


「はぁ」


 家までが遠い。


 駅を出てからが特に長く感じる。


 七月も半ばで気温は高いし、蒸し暑い。


 そうだ、歩くのが辛い時は体を前に倒すといいと聞いたことがあるぞ。やってみるか。


「おお」


 足が勝手に前に出てくれるので楽だ。これはすごい発明じゃないか。


 そうやって俺は一歩一歩を反射に頼りながら帰路についた。

 アパートに帰りつくころにはもう九時過ぎだった。


「ただいま」


 誰もいない部屋にむなしく響く俺の声。

 玄関横のスイッチを押し、灯りを点ける。


「どああ」


 ようやく帰ってこれた。

 くたくたに疲れすぎて、晩飯を作る気力もない。風呂に入ると寝落ちしそうで危ないし、今日はもうこのまま寝てしまおうか。明日も一時間ほど早出をしないといけないし……


 そんな時、


 ピンポーン、と音が鳴った。



 2



 テーブルの上に並ぶ暖かい料理。

 俺はそれらを夢中でかき込む。


「美味いっす。マジ美味いっす」


「そう、嬉しいな」


 栄養が体に染み渡っていく。


 つくしさんがわざわざ夕食を作りに来てくれたのだ。


 つくしさんは週に二、三回、俺の部屋に来て食事を作ってくれる。どうやらつくしさんは料理をするのが趣味なようで、俺はそのご厚意に甘えまくっている。


 あつあつのご飯に生姜焼き、そしてほうれん草の胡麻和えとわかめとたまねぎの味噌汁。


「そんなにがっついて、お昼は食べなかったの?」


「いやいや、ちゃんと食いましたって。ウィ〇ーゼリー二個も」


「もう、そんな食生活じゃ病気になっちゃうよ」


「忙しくって」


 つくしさんは俺の方へにじり寄る。今日のつくしさんは白いTシャツにデニムの短パンという格好だ。薄水色の何かが透けているのが目の毒である。


 そしてつくしさんはどんどん顔を近づける。桜色の唇がぷるぷるしていてなんかエロい……


「な、なんすか」


「ご飯粒ついてるよ?」


「へ?」


 つくしさんは俺の口元からご飯粒をひょいと摘み上げると、それをあろうことか自分の口に……ではなく、俺の口の中に持っていく。


「はい」


「はいって……」


「ちゃんと食べなさい」


「えぇ」


 え?


 なに?


 まさかこのまま食えってことか?


 つくしさんの指から直接!?


 いやいや、素手あーんって、赤ちゃんじゃねーんだぜ?


 細くて白い指先についたご飯粒。


 それにしても綺麗な指だ……


 ……これは仕方ないよな?


 いや俺だって一応のプライドは持ち合わせてるよ?


 でも、つくしさんがやれって言うんだし。


 やらなきゃなんか変な空気になりそうだし。


 俺はつくしさんの目を見ないようにしながら顔を寄せる。


「……あ、あむ」


「はい、よくできました。えらい」


「……」


 つくしさんは満面の笑みで俺の頭を撫でてくる。


「ちょちょっ」


「うふふ、可愛い」


 疲れなど一気に吹っ飛んだ俺だった。


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