尽くしたがりのつくしさん
館西夕木
第1話 つくしさんは尽くしたがり
1
ピンポーン。
やれやれ、またやってきたな。
俺は重い腰を上げる。
インターホンなんか使わなくたって、誰かなんてすぐに分かる。
俺みたいな友達も恋人もいない、平凡な社畜の部屋にやってくるもの好きなんて、この世に一人しかいないからだ。
俺は駆け足で玄関に向かい、ドアを開ける。
「はいはーい、誰ですか?」
そう聞くのは、俺だって一応のプライドを持ち合わせているからだ。
「あ、しーくん、こんばんわ」
長い栗色の髪、たれがちの大きな瞳、耳がとろけそうな柔らかい声に豊満なおっぱ――胸。
お隣さんの、
「あっ、こんばんわ」
「これ作りすぎちゃって、よかったらどうぞ」
おすそ分けに来たようだ。つくしさんは小さな鍋を抱えている。
「すいません、いつもいつも」
「いいのよ、あれ?」
つくしさんは部屋を覗き込んで、ぷくっと頬を膨らませる。
「はぁ、しーくん、どうしてほんの数日であそこまで部屋を汚せるのかな」
怒った顔も可愛い。
「へ? ああいや、忙しくて」
「三日前に掃除してあげたばっかりでしょう?」
「す、すんません」
「もう、しょうがないなぁ」
そう言ってつくしさんは玄関の中に入ってくる。ふわっと甘い匂いが俺の鼻腔をくすぐる。
「また片づけてあげるね」
「いやいや、悪いっすよ」
「いいからいいから」
「はぁ」
「ああっ、洗濯物もこんなに溜めて」
つくしさんは鍋をキッチンに置くと、掃除機とゴミ袋を引っ張り出し、そのまま掃除を始めてしまった。
鼻歌交じりに俺の部屋を掃除するつくしさん。
お隣さんという縁から、つくしさんはなにかと理由を付けて俺の世話をしてくれる。料理を作ってくれたり、洗濯をしてくれたり、今日のように部屋の掃除をしてくれたりと、まるでお母さんのようだ。
「なぁに?」
「い、いえなんでもないっす」
「ふふ、もうちょっとで終わるから待っててね、今日は肉じゃがよ」
「はーい」
どうしてつくしさんがいろいろ世話を焼いてくれるのかは分からないが、そんなことはどうでもいい。
「あっ」
つくしさんはベッドの下を覗き込んで声を上げた。
や、やばい。あそこには……
「ちょっとしーくん、これなに?」
エロ本を摘み上げ、むすっとした目を向ける。
「い、いや~、これはその……」
「……あなたには私がいるのに」
「へ? つくしさん今なんて?」
「なんでもありません。これは捨てちゃいますからね」
「そ、それだけは勘弁してください」
こうして『おっぱい天国 夏のぼいんちゃんスペシャル』はシュレッダーにかけられた。
じっくり、一ページずつ。
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