矢場杉栄吉の彷徨

暗黒星雲

超重戦車決戦とアンコック・ヘミュオン効果

 俺の眼前に立っていたのは、赤い髪のグラマー美女ハルカ・アナトリアだった。彼女はガイドの制服ではなく、濃いグリーンの戦闘服に身を包んでいた。


「成功した」


 にやりと笑ったハルカの一言に戸惑う。そもそも彼女は映画『ヤーブス・アーカの微妙な貢献』の登場人物ではないか。


「どういう意味だ?」

「君をこの世界に召喚した。ここはイマジネーションの世界。言い換えるなら人々の潜在意識の集合体だ」

「何の事だか理解できない」


 当たり前だ。ハルカの言っている意味が分からない。


「シナリオの『穴』については知っているのだろう?」

「ああ。チエコさんも言っていた。何かの違和感を覚えた。しかし、それが何なのかは分からない」

「アンコック・ヘミュオン効果」


 ハルカの一言に再び戸惑ってしまう。

 聞き慣れない言葉。しかし、その意味を俺は知っていた。


「潜在意識と顕在意識が逆転してしまう現象。言い換えるなら、イマジネーションに現実世界が支配されてしまう現象の事よ」

「それが……何だと言うんだ」

「知ってるくせに」


 ハルカはくるりと後ろを向く。その際、彼女の胸元がたぷんと揺れた。どうやらブラジャーを付けていないようだ。ここは映画の続きの世界なのか……。 


「一刻の猶予もないわ。さあ、乗りなさい」


 ハルカの指さした方向を見る。

 そこには、巨大な、見た事がない戦車のような物がいた。


 俺は自衛隊で戦車の実物を見た事がある。

 それと比較しても、二倍以上の大きさではなかろうか。


「これは?」

「試製超重戦車オイよ。旧日本軍の特殊装備」


 そんな戦車など聞いたことがない。

 平坦な装甲を溶接でつなぎ合わせたかのような直線的なラインで構成されている車体は、旧ドイツ軍の戦車を思わせる。しかし、この車両の砲塔には日章旗が誇らしげに描かれていた。巨大な主砲とそれを収めた巨大な砲塔。そしてその前側には小型の連装砲が鎮座している。これは、大戦期前に各国で研究されたものの、殆ど実用化されなかった多砲塔戦車だった。


 車体に飛び乗ったハルカに手を引かれ、俺もその戦車の車体に上がる。副砲塔の脇にあるハッチから車体内部に入った。ハルカは主砲塔のハッチから乗り込んだようだ。

 俺が乗り込んだところはちょうど操縦席だった。右隣の席にはあのエローナ・ツオンが座っていた。


「おはよ、えーちゃん! えーちゃんは操縦士、なっつんは砲手だよ」


 猫耳のエローナがいた事に驚いてしまう。そして、俺の下半身にズキンと鈍い痛みが走った。


「俺は戦車の操縦などしたことがないんだが」

「大丈夫。大丈夫。この車両は基本AIコントロールだから。ね。lagerラガーたん」

「すべて私にお任せください。栄吉さま」


 正面のモニターにビールの泡が溢れる大ジョッキのアイコンが点滅する。まさかこれがAIの顔なのか?


「微速前進」

「了解」


 ハルカの号令にAIが返事をする。今度はハルカのアイコンとジョッキのアイコンが点滅した。やっぱり、あのジョッキがAIの顔なんだ。


 モニター上に微速前進の文字が浮かび、戦車はゆっくりと前進し始めた。


「状況報告」

「現状、ヤーブスはその意識がダークサイドに取り込まれている状態です。そのダークエネルギーを使って周囲の人々の意識を取り込み、その肉体までも取り込んで巨大化しています」

「映像を出せ」

「了解」


 ハルカの指示にAIのlagerが応える。モニターにおびただしい数の人々がくっつきあって巨大化している様子が映る。それは身長が15メートル程で概ね人の姿をしているが、その巨体は人体で構成されていた。幾多の人がくっつき合い重なり合っている。そして所々覗いているその顔は苦痛に歪んでいる。

 その頭部にヤーブスの上半身がぴょこんと飛び出していた。その額にはあの妖刀葉桜が刺さっていた。


「なっつん。重力子砲発射準備」

「発射準備に入ります。薬室内重力子接続開始」

「重力子ライフリング起動」

「起動しました。あと九十秒で発射可能」


 重力子砲って何だ?


「ヤーブス特異体、衝撃波を吐きました」

「衝撃に備えよ」


 轟音と共に物凄い衝撃に叩かれた。シートベルトをしていたにもかかわらず、俺の体が激しく揺さぶられる。


「続いてフォトンレーザー着弾」

「シールド出力最大へ」

「間に合いません」


 赤く輝くレーザービームが車体を掠める。命中しなかったのか。しかし、その圧倒的な熱量が周囲に拡散し、家屋や街路樹が発火する。


「副砲で応戦。撃て」

「えい!」


 ハルカの指示でエローナが引き金を引く。いくつもの光弾が、あの人間の塊に吸い込まれる。激しい閃光が幾つも弾けるが、ヤーブス特異体が怯む様子はない。


「副砲じゃ防御フィールドを貫けないわね。機動兵器形態へ移行。これ、栄吉の仕事よ」

「了解」


 ハルカの指示に対し咄嗟に返事をしたもの、俺は何をすればよいのだろうか?

 眼前のモニターに三つの文字列が浮かび上がる。


『機動兵器形態へ移行します』

『承認』

『拒否』


 そういう事か。

 俺は迷わず『承認』をタッチした。


 試製超重戦車オイは、細かいパーツへと分解されつつ、それを再構成していく。その様子は俺の眼前のモニターにしっかりと写っていた。まるで映画のようなその迫力に思わず魅入ってしまう。


「フォトンレーザー着弾します」


 変形中。

 最も脆弱なこの瞬間を狙われた。しかし、赤く光る光線は拡散した。


「シールドは間に合いましたが、周囲の火災は更に広がります」


 AIのlagerが冷静に報告してきた。

 なんてこった。まるで怪獣映画じゃないか。街一つ、丸ごと炎に包まれている。


「移行完了しました」


 lagerが報告する。試製超重戦車オイは人型機動兵器へと姿を変えていた。直線的なラインであるが、確かに人型へと変形していた。モニターには『Hyperionハイペリオン』と表記されており、それがこの人型機動ロボット兵器の名称だと分かった。


 主砲の重力子砲は右肩に。副砲のビームマシンガンが左胸に。そして右腕には激しく光る大剣を握っていた。


「突っ込むぞ」


 ハルカの一声にハイペリオンが応じた。

 意外にも俊敏な動きで特異体へと接近し、その光る大剣を振り下ろす。大剣と特異体が接触し、眩い光芒と衝撃波を撒き散らす。特異体はその口らしき部分から火炎を吐き出した。モニターが赤く激しく発光する。ハイペリオンは咄嗟に後退していた。


「重力子砲はまだか」

「後十五秒……十三……十二……」


 ハルカの問いにエローナが答える。エローナは続けてカウントダウンを開始した。

 特異体はフォトンレーザー攻撃を仕掛けてくるも、ハイペリオンはさらに距離を取った。


「一発で仕留めてやる。最大出力で撃て」

「了解……三……二……一……発射!」


 右肩の重力子砲から黒い雷をまとった光弾が発射された。

 それはヤーブス特異体へと吸い込まれ、瞬間的に黒い閃光を発した。その閃光は直系数十メートルの球体となり、次第に小さくなっていく。そして、空間を歪めながら消失した。


「消えた。あの化け物はどうなったんだ?」


 俺は思わず叫んでいた。


「重力子砲はね。極小のブラックホールを発生させるのよ」

「ブラックホール?」

「そう。それに飲み込まれたものは全て素粒子へと変換され、別次元へ飛ばされる」

「そんな兵器が存在するのか?」

「だってここ、イマジネーションの世界だよ」

「あっ!」


 ハルカの説明に納得した。そうか。誰かの潜在意識に存在するものなら、この世界に存在しているという事か。


「それは例えば、映画『ヤーブス・アーカの微妙な貢献』の続きは、この映画を見た人の数だけ存在している……」

「その通りよ」


 ハルカは怪しく笑いながら頷いていた。


 ハイペリオンは再び変形し、元の試製超重戦車オイへその姿を戻していた。


 俺たちは戦車から降りた。


「えーちゃん。今日はありがとね。巨乳に見とれてデレデレしてたら、また、突っ込んじゃうぞ! きゃはは」


 エローナの一言にまた尻の穴がうずく。


「あなたは元の世界へ戻りなさい。アンコック・ヘミュオン効果を忘れないように」


 俺はハルカの一言に頷く。

 アンコック・ヘミュオン効果……それは顕在意識と潜在意識が逆転する現象。


 これは妖刀葉桜が引き起こす現象なのか。それをハルカに確認しようと思った時、俺の体は眩い光に包まれた。


 俺は元居た稽古場に戻っており、目の前にはチエコがいた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

矢場杉栄吉の彷徨 暗黒星雲 @darknebula

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ