Call from John Do
新巻へもん
違和感
銀河系の渦状腕の端っこにあるG2V恒星に属する惑星で知的生命体が活動を始める遥か昔のこと、銀河系の中心部では既に高度な恒星間文明が花開いていた。いくつもの種族が進化を遂げたその世界では小さな問題はあるものの、概ね平和な時代を謳歌する。
しかし、いかに高度な文明をもってしても生命体が老いて衰弱し活動を停止することができなかったように、巨大な恒星間政府もやがてその命数を使い果たし戦乱の時代を迎えた。やがて8つの国家が形成され覇を争うようになる。各国は統一政府時代の英知と記憶を治めたデバイスを巡って熾烈な抗争を繰り広げた。
歴史の流れに姿を消したそのデバイスの行方はようとして知れない。辺境の惑星の島国に隕石として落下したデバイスは、その原始的な文明水準では加工できないはずだった。しかし、一人の刀工の手によって隕石は一振りの短剣と箱に姿を変える。その過程で犠牲となった刀工の妻と息子の名を継いだ短剣と箱もやがて歴史の波の中に姿を消した。
その惑星の生命体は、その短刀と箱の来歴と真価にまだ気づいていない。
***
矢場杉栄吉は自宅のベッドで目を覚ました。どこかで電話機の呼び出し音が鳴っている。リーンリーン。はっと飛び起きたとたんに臀部に激痛が走った。口からずっとつながっている消化器系の内臓の体外へのもう一方の開口部。その痛みに顔をしかめながらも違和感を覚えた。栄吉の家に電話機はない。
気づけば呼び出し音は消えていた。栄吉は顔をしかめながら洗面所に向かう。コップには2本の歯ブラシ。栄吉が誰かとラブラブ同棲中ということはない。いつ新しい歯ブラシをおろしたのか思い出せず栄吉はしばらく鏡の中の自分と睨めっこをする。だが、栄吉はまあいいかとバスルームに入りシャワーを浴びた。
バスタオルで体を拭うと鮮血がついた。昨日の記憶を探る。「ヤーブス・アーカの微妙な貢献」を見てチエコさんとちょっとお酒を飲んで、またレイトショーを見る約束をしたんだっけ。そこまでの記憶はあった。しかしその先を全く覚えていない。酔っぱらって階段を滑り落ちでもしたのだろうと結論づける。
それよりも感染症の心配をしなくてはならない。栄吉は戸棚を開けるが適当な傷薬は無かった。今日は土曜日なので近隣の病院は空いていない。仕方なく目に留まったワセリンをたっぷりと指に取り患部に擦り付けた。鋭い痛みとじんわりとした熱、そしてそこはかとない快感が脊髄を忍びあがって来て震える。
消音モードにしていたスマートフォンを手にするとチエコからメッセージが入っていた。魅力的な女性からの連絡に舞い上がった栄吉は、連絡先の交換をしていないという事実に気が付かない。「もしよかったら、こちかなの自主練習をするので見に来ませんか」との誘いに二つ返事でOKした。
待ち合わせの場所に出向くとチエコはぱっと顔を輝かせる。今日はシンプルなTシャツとデニムパンツという活動的な姿だった。こうやって見るとスレンダーな体型なのに出るところは出ている。その瞬間、頭の中にザザッという音が走り、もっと貧弱な胸乳を最近見たような映像が一瞬だけ浮かぶ。
「栄吉さん。ありがとうございます。やっぱり、一人で稽古をするのはちょっと怖くなってしまって。劇団の人にはそんなこと言えないし、助かります」
チエコの謝意に栄吉は精いっぱいの笑顔を返す。
「いや、とんでもない。むしろプライベートな稽古を見られるなんて光栄です」
劇団の稽古場は殺風景な倉庫の中にあった。大道具・小道具が乱雑に置かれている中に異様なオーラを放つものがある。一振りのナイフが電話台の上に置いてあった。「なんかちょっと緊張してきちゃいました。仲間やお客さんの前だとこんなことになることはないんですけど」
栄吉はナイフに意識を取られながらもチエコに返事をする。
「いざとなったら気配消しちゃうんで。ほら、昨日も言ったけど、俺、実はニンジャなんですよ」
あまり気の利いたとは思えない返しにチエコをはにっこりと笑う。
「ところで、アレが例の?」
「ええ、そうです」
「やっぱりちょっと変わった感じがしますね。拝見してもいいですか?」
「ええ、どうぞ」
栄吉が近くによってみるとナイフと呼ぶには少々長い。
「手を触れてもいいですか?」
「気を付けてくださいね」
手を近づけただけで異様な感覚に栄吉の背中の毛が総毛だつ。
ナイフを手にした瞬間に、栄吉の口から葉桜との言葉が漏れた。そのことに驚く栄吉をさらに脅かすようにすぐ横のレトロな電話が鳴っる。リーンリーン。電話機から垂れている電話線は途中で切れてどこにもつながっていない。栄吉が反射的に受話器を取って耳に当てるとプププというトーン音が流れる。
栄吉が手にしたナイフ以外のものすべてが眩い光と共にかき消える。稽古場も倉庫もチエコも……。栄吉の口からつぶやきが漏れる。
「この感じ、精神攻撃か。俺は、俺は……」
栄吉の体も光に包まれ、その光が消えた時、そこには別の姿かたちの者が立っていた。
Call from John Do 新巻へもん @shakesama
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
新巻へもんのチラシのウラに書いとけよ/新巻へもん
★107 エッセイ・ノンフィクション 連載中 261話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます