03.僕らの生徒会戦争

 夕暮れに映され、光と影が躍動する放課後の教室。橙の赴くままに形成された幻想的な世界、そこでは二人の男女が至近距離で見つめあっていた。まるでドラマのワンシーンのような非現実的な絵面。しかし掘り下げてみれば、それは幻想的でも何でもない漆黒に誘われし赤に塗れた世界だった。


 息を飲む。本気か冗談かわからないやけに現実的な閑散が俺の思考を妨害する。


「それは恋の応援とかですかね? 彼の心を射止めたいから協力してくれ、的な?」


 彼女の、霧津の言葉を思い出す。確か「薩陸基也を殺す手伝いをしてくれ」とかなんとか。いやこのフレーズで恋は流石にないな。我ながら的外れな返答に呆れる。


 しかも目前に迫る霧津には一切笑顔がない。もしかして逆鱗にでも触れてしまったのだろうか。


「何を言っているのですか。何のひねりもなく、ただ薩陸基也を殺したいってだけの話ですよ」


 霧津はまるで、朝目が覚めたら歯を磨いて、顔を洗って朝食を食べて、着替えて家を出るくらい、当然だと言わんばかりの空気感で言葉を発してくる。殺人は日常の一部だ、といわんばかりの主張に目が眩む。


 やはり冗談などではなかったのか。


「二つ返事で了承を得れるなどとは私も思っていません。何故私が彼を殺したいのか、まずはその説明からさせてもらいますね」


 彼女はそう言うと俺から離れ、近くの席へと腰を落ち着けた。正直、そこまで仲良いわけでもない人間に物理距離を詰められるのは好きではないので安心で心がいっぱいになる。


 しかしこれくらいで安心している場合ではない。俺の意見など一切聞きもせず、彼女は既に説明へ入る段取りをつけてしまっているのだ。これが面倒事へ直行する準備段階だろうことは馬鹿でも気づける。


「最初に、この生徒会に何故ヤバイ生徒会などという不名誉な二つ名がついているかは知っていますか?」


「それは生徒会が正しさのためなら、どんな犠牲も厭わないからだと聞いていますが」


 噂はあくまで噂である。だが生徒会に関する悪い噂は友人のいない俺の元まで届くほどに多くの人間に知れ渡っている。それは具体的なものから、非現実的かつ抽象的なものまで様々。もはや七不思議の一つのような扱いを受けているといっても過言ではないくらい、ヤバ高の生徒会の噂は生徒たちの間で絶えなかった。


 実際ヤンキーのような見た目の副会長がいたり、会長が副会長を殺そうとしていたり、異常者集団の集まりだと聞かされたり、一度目をつけられたら抜けられなかったり、噂以上のヤバさを俺自身、目の当たりにしている。火のない所に煙は立たない、とは言うがこれほど説得力を持つ例に邂逅してしまえばそれらが真実であると思い込むには難しくなかった。


「その通りです。私たちは常に私たちのやり方を貫くために手段を選ばず行動してきました。しかしそのためには、ある程度の力を持たねばならなかったのです。だって、そうでしょう。力を持たぬ者が支配しようとしても誰も話など聞いてくれるはずもありません」


 話が見えるような、見えてこないような。いまいちピンと来ない俺を置いて彼女は言葉を続ける。


「そこで私たちには基也くんの力が必要でした。生徒会が円滑に事を進めるための力の象徴、それが彼の仕事だったのです」


 成る程。生徒会長である霧津が頭脳として生徒会の活動を計画、実行して、副会長の基也が力を以って彼女をサポートする。それがここのやり方であったわけだ。


「彼はとても役に立ってくれました。文句ばかり言っていましたが、私のやり方に忠実に動いてくれましたし、反抗してくることもなかった」


「なら、どうして殺そうなんて」


「必要なくなったからです」


 バッサリと、切り捨てるように彼女の言葉は空を裂いた。


 さっきもそうだ。彼女は常に自分の考えを迷わない。まるで自分が絶対に正しいのだと思っているような、過剰な自信を感じさせる言葉。彼女の放つそういった威圧感は、まだ出会って間もないながらにして苦手だった。


「あなたが来たから、彼はもう用済みになりました」


「え、俺?」


 すぐに頷く霧津。ますますよくわからなくて、俺は戸惑いを見せる。


「この生徒会が異常者の集いであることは、先程説明しましたよね。あれには続きがあるんです」


 本当のことを言えばこれ以上、彼女の話を聞きたくなかった。たとえどんな流れがあったとしても、俺は人殺しを協力する気はないし、そもそも犯罪を企てようとしてるような人と関わりたくもない。既に俺にとっては、この時間が苦痛に変わり始めている。基也が帰ってくるまでは続くのだろうが、出来るだけ続きを促すような真似はしたくなかった。


「それは一見、普通な人であればあるほど、内に秘める異常性が増す、といったものです。あなたは普通です。どこからどう見てもうちの生徒会へ入ってくるべき人材には見えません。だからこそ、私はあなたに期待しているのです」


 勝手に期待されては困るのです。


 それにあまりにも失礼が過ぎる。俺が何か気に触るようなことでもしたのだろうか。


「学校のトップに立つ、私の右腕として隣に立つ気にはなれませんか?」


 生徒会長が、生徒会長らしい風貌と品格で俺に手を伸ばす。副会長になれと言うのならばそれは構わないのだが、それと殺しとは話が全く別だ。それに仮に俺が協力しなかったとしても、彼女が殺しを行うと言うのならばそれはそれで隣に立つのは嫌だ。


 まあそもそも、俺はまだ一年生のひよっこだ。しかも今は五月である。入学して一ヶ月も経たないうちに生徒会副会長なんてさすがに出来るわけがないと思うが。とも言い切れないか。ヤバ高だし。


「殺し云々の話がなかったことになれば考えてもいいです」


「それはダメです。それ込みの話ですから」


「ならお断りします。俺に物騒な話題を持ち込まないでください」


 きっぱりと、彼女の伸ばした糸を切る。皮肉の一つでも返ってくることを覚悟していたが霧津は黙ったまま教室の扉の方を見ている。


 俺も背後にあるそれへと視線を向ける。だがそこには何もない。想像通り、扉が壁と壁を繋いで堂々と立っているだけだ。


 と思ったのも束の間、急に扉が開いたかと思うと基也が顔を出す。


「……なんで二人して黙ってんだ?」


 扉を元の位置へと戻し、頭上に疑問符を漂わせながら近づいてくる元ヤン。もしかしたら聞かれていたのかも、と一瞬だけ身構えていたが、どうやら杞憂みたいだ。


「なんでもないわ。私もお手洗いに行きたいから、二人で適当に話してて」


 立ち上がり教室を出て行く霧津。


 適当にと言われても、二人きりで話したことがないため、特に何をするわけでもなく立ち尽くす俺たち。


 それでも何もなければ相手へ意識が向いてしまうのは自然なことで、気がつけば俺は彼の纏う景色に心を集中していた。基也の赤茶色い短い毛が夕陽に照らされて更に真っ赤に染まる。ピアスに反射した光が教室内を短く照らし、落ち着いていた教室内に華を持たせる。宙に舞った輝きや煌きは彼の持つ色の中に収束されて、全体的な風景にメリハリをつけた。


「そうだ、丁度よくあいつもいねぇし、ちょっとお前と二人で話したいことがあったんだ」


 既視感どころの騒ぎじゃない。あまりにも似通った展開に目を見開く。


「おい、さすがに連続で同じ展開はきつい。もう少し間を空けて出直してこい」


「なんだよ同じ展開って。……え、まさかあいつも?」


 口を塞ぎ、目をそらす。


 彼が話す内容が何なのかはまだわからないが、このタイミングといい、流れといい、物語の展開運び的にも霧津と同じ話である可能性が高い。それに暴力的な見た目の彼のことだ。きっと霧津を殺す手伝いをしてくれなんて言ってくるに決まってる。きっとそうだ間違いない。


「まあいい。実は頼みてぇことがあるんだ」


 そう言うと、基也はずかずかと机も椅子も構わず直線距離で近づいてくる。物音が激しいので避けてきて欲しいが今はそれどころじゃない。


 一日に二度も共犯関係を促される主人公なんて聞いたことないぞ、どうなってるんだ。


「真近……」


 そしてついには彼も俺の目前まで迫ってきてしまった。霧津もそうだったが、何でこの人たちは頼み事をするのにわざわざここまで近づいてくるのだろうか。他の人に聞かれたくないからにしても、距離の詰め方がさすがに極端すぎる気がするのだが。


 しかしまあ、霧津の時には感じたドキドキも、さすがに男相手には発現しないよな。女性相手だとラブロマンスな出来事も、男性に代わればホラーに早変わりだ。


「てか、溜め長くない?」


「え、ああ。ちょっと簡単には言いづらくてな」


 随分と溜めるな。別にもう一回やってる流れだし、こっちとしてはさっさと言ってもらって、断りたいのだが。いや彼からしてみれば、人殺しのお誘いなんて初めての経験だろうし大目に見てあげた方がいいか。


 目の前でヤンキー上がりのガタイのいい男が俺に迫り、深呼吸をしている。この場面を切り取られてしまえば、校内スクープ間違いなしの案件だろう。この状態のままで霧津が帰ってこないことを願いつつ、彼の発言を待つ。


 すると、ようやく意を決したのか彼は俺の瞳を真っ直ぐ捉えた。


「好きだ、俺と付き合ってくれ!」


「申し訳ないけど俺は……は?」


 犯罪の片棒を担がされると踏んでいた俺は予め用意していた反対の言葉を発しかけて、止まる。何故なら彼の言葉は俺の予想とはあまりにもかけ離れていたものだったからだ。


 何かの聞き間違い、いやもしかしたら言い間違いかもしれない。早まるのはよそう。霧津の時もそうだったが、あまり思考ばかり先走らせるのは俺の悪い癖だ。


「悪い、もう一度言ってくれないか?」


「好きだ、俺と付き合ってくれ!」


「逆なんだよなぁ!」


 静かな空間に、俺の怒鳴り声が響き渡る。

驚いた基也が後ろへと引く。その隙に俺は彼から距離を取るべく椅子から飛び退いた。


「逆って何だよ」


「うるさい、逆は逆なんだよ」


 彼の疑問はもっともなのだが、こちらも詳しい話はできないのでお茶を濁す。いやそんな呑気にお茶なんて濁している場合ではない。


 これは深刻な問題だ。人殺しの手伝いは断ればただそれだけで良かったが、今回は違う。相手と俺の一対一の問題。つまり俺はこの件に関わらざるをえないのだ。


 くっそマジで何なんだよこいつ。


 生徒会に入会し、早二日。いやまだ二日だ。数多くの奇妙な噂や、雑な入会があったからそれなりの覚悟はしていたが、こうも前途多難だとは流石に予想外だった。


 彼は未だに俺を見ている。それがどういう視線なのか、今は何も考えたくなかった。

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歪生徒会の映えある未来に 梔子 @kuchinashi_CIDER04

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