02.裁判所はどこだ?
これより、裁判を開廷する。とでも言わんばかりの張り詰めた空気に緊張が走る。お互いに視線を合わせず、どこか落ち着かない様子を漂わせながらも無言に時間を消費していく。
合理主義の解釈に基づいた発言をするのならば、これらは無駄の一言で済まされてしまうのだろうが世界の全てがそうだとは限らない。現状は俺にも理解できていないが、それでも物事には必ず理由が存在し、それらには各々確固たる価値がある。未来は常にその価値ある現在によって確定されるし、その価値が価値あることに気づいた人間こそ、正しさの本当の意味に気づくことができる。
仮にそこに価値を見出せなくても、事が行われている以上、それが誰かにとっては意味があることで、明けることがなくとも邪魔をすることは許されない。故に、俺はこの無駄な時間を打破することはできなかった。
「え、なんでだれも喋んないの?」
俺の配慮を完全無視し、生徒会長様がすっとぼけたことを抜かす。
しかしきっとそれもまた一興なのだ。その証拠に彼女からは小さな笑みが溢れていた。
02.裁判所はどこだ?
生徒会室の中、各々が好きな場所に腰を落ち着けてお互いを見る。ただ一つの情報を得るためだけにしては長い道のりだったが、今日こそは色々と説明してもらわなければならない。まずは何故俺が生徒会に加わることになったのか、その経緯から。ここに来てから、まだ元ヤンの生態しか知り得れていないのだ。こんな不毛な時間を手に入れるためにここに来たわけではない。
「さあ、説明してもらおうか。何故俺が生徒会に選ばれたのか。勿体ぶるということは何か理由があるんだろう。それを早く教えてくれ」
生徒会長と元ヤンが顔を見合わせる。そしてやがて意を決したように立ち上がると生徒会長、霧津は整った顔から透き通るような声を発した。
「とうとう、教えなければならない時が来たんですね」
真面目な表情で語りに入ろうとしているので口には出さないが、正直そういう前置きはいらないので早く説明してほしい。毎度毎度、要らん会話を繰り返しては要所を先延ばしにされているこっちの身にもなってくれ。
しかもテンションがよくわからないが、これは二話でやっていいノリなのか。
「では、お話しします。何故、数多くいる一年の中からあなたが選ばれたのか」
沈黙で肯定を示す。空気の読める霧津は、それを感じ取り再び口を動かした。
「それはあなたが鹿馬先生に選ばれたからです。あの人に選ばれた人間は必ず生徒会に参加しなければならなくなります」
「そこまでは聞いています。俺が知りたいのは何故選ばれたのか」
「問題はそこですが、真近くんが選ばれた理由について私たちも詳細は知り得ません」
「は?」思わず立ち上がってしまう。昨日、説明が長くなるからと言って後日に回し、全てを知っているかのような言い回しで俺を納得させたのに、いざ説明が始まれば何も知らないだと。
俺は霧津に怒りを表情で訴える。だが対する霧津は澄ました顔でこちらを伺っていた。私、何かおかしなことでも言いました? とでも言いたげなナメた顔が余計に腹が立つ。
「待ってください真近くん。憤怒に心を支配させてしまいたくなる気持ちもわかりますが、説明を最後まで聞いてください。確かに詳細は分かりませんが、私たちには一つだけ分かっていることがあります」
「なんだよそれは」
彼女の制止に従い冷静さを取り戻した俺は、再び椅子へと腰を下ろして会話の続きを促す。彼女は言った。納得しようがしまいが、生徒会からは逃れられない。つまり俺が何に腹を立てたところで、それは意味を成さないということだ。
だがそれは俺だけではなく、霧津や基也にも言えた話なのだ。ここの人間はみな、生徒会という名の鎖に縛られている。もし脱出が可能ならば基也あたりが試みていてもおかしくない。だが今までそうしてこなかった、あるいは失敗に終わったのだ。だからこそ彼らは闇の根深さを理解している。故の制止なのだ。
鹿馬は権力をもってして我々の自由を、いともたやすく殺してしまった。その横暴は本来ならば見過ごすことのできない禁忌、大いなる罪。だがそれが曲がりなりにもまかり通ってしまっている。にわかに信じられないが、それは ”保護有権取得者の集い” でさえ無力化させた証拠。ここへ呼ばれたら逃げられない。逃げようとすることすらも、許されないのだ。
まあだからといって霧津を許す理由にはならないが。今回俺を騙したのは間違いなく彼女なのだから。
「この生徒会に、”普通の人間” は存在しません。皆、どこか異常な人格を持っている人ばかりです。そんな中にあなたは入ってきた」
「それはつまり……?」
霧津からの返答を待っていると、基也が立ち上がり俺の方へと近づいてきた。
「つまりな、お前も異常な人格を持ってるって鹿馬に判断されたってことだ」
淡々とした回答を前に。霧津が申し訳なさそうに顔を伏せる。
だが、これには俺は大した感情は抱かなかった。昨日今日出会った人間に人格をとやかく言われるとは思わなかったが、人と絡むこともほとんどなく常に一人で過ごしているような、もっと言うなら放課後の教室で一人でイヤホンをつけながらネットサーフィンしているような人間を普通とは嘘でも言えないだろう。そんな人間はまさしく異常と呼ばれるに相応しい、そう思ったのだ。
「なるほど」
「お、意外とあっさり受け入れるんだな。自覚ありか?」
「まあね、俺なりに少なからず普通じゃないとは思ってるよ。友達もいないし」
「意外と可哀想なやつなんだな。あと敬語を使え敬語を」
哀れみの視線を感じるが、無視して霧津の方へ向き直る。だが当の彼女は俺の方を見向きもできないといった様子だ。他人を異常扱いするという異常行動に慣れていないのだろうが、それは当然である。逆に平然と言ってのけた基也の方こそが異常だ。
とにかく、自分がここへ入れられた理由はわかった。大した話でもないし、理由と呼べるほどの理由にもなっていなかったが、これが限界だというのならば仕方がない。
「入会の経緯については鹿馬先生に聞いた方が早そうですね。じゃあ次の説明に入ってもらいましょう」
自分を束縛させている事実を知った上で鹿馬とコンタクトを取るのは正直気がひけるが、本人から聞かない分には理由がわからない。この問題は棚に上げて次に進むのが得策だろう。
「はい、そうですね。ではまず、活動方針の方から……」
言いかけて、霧津は基也を見上げた。同じタイミングで俺も彼を見てしまう。それも仕方のない話で、彼は無言で急に立ち上がったかと思うと教室の扉へと真っ直ぐ歩き出したのだ。話し合いの最中に起こした行動とは思えない読めない動きに、俺たちは唖然と口を開けているしかできなかった。
「も、基也くん?」
「ちょっと便所だよ」
ようやく声を絞り出した霧津に短く返す元ヤン。その自由な行動力には思わず拍手してしまうところだったが、人としての尊厳を失いたくなかった俺はなんとか踏みとどまった。
ドアが開き、閉まる。いつも思うが何故教室のドアは開閉音があんなにうるさいのだろう。
「もう、私も行きたかったの我慢してたのに!」
霧津さんの両手が胸の前で拳を作りプルプルと震わせている。まるで漫画のような感情表現に、俺は思わず笑みをこぼしてしまった。
「あ、もしかして真近くんも行きたかったんですか?」
違います。あなたが面白かっただけです。
「でもちょうど良かったですね。二人きりで話がしたかったんです」
だらしない体勢で腰を落ち着けている俺と、美しい姿勢の生徒会長が互いに真っ直ぐ相手を捉える。やがて霧津は悠々と立ち上がり、美徳を極めた所作でこちらへと近づいてきた。その華麗なる姿、親しみやすそうな庶民感と、近寄りがたい王の品格を兼ね揃えたその表し難い魅力は、やはり生徒会長なのだと納得させられた。
やがて彼女は俺の目前までやってくると、座ったままの俺を綺麗な瞳で見下ろした。
「私、あなたにどうしても頼みたいことがあって」
今までで一番の至近距離、揺れる長い髪が頬をかすめる。
「俺にもできそうなことなら……」
しかし彼女の顔が少しずつ近づいてきて、俺は思わず仰け反った。心臓が高鳴り、危険信号を発信する。血液という血液の高速移動、神経の暴走。
どういう状況か聞くべきか、無駄な問答は避けるべきか、早とちりか否か、受け入れるべきか否か。
彼女が何をしたいのかハッキリとはわからなかったが、それでも俺の中にはある可能性が浮かんでいた。それはドラマにありがちな夢物語。しかし夢物語は現実では起こりえないから夢物語なのだ。押し付けられたとはいえ生徒会長である彼女が、昨日今日出会った男とそんな事をするはずがない。
それでも俺と彼女の距離はドンドン近づいていく。やがて顔と顔はすれ違い、彼女は俺の耳元に口を近づけると声を震わせた。
「あなたには、一緒に薩陸基也を殺す手伝いをして欲しいのです」
高鳴る心臓が、一瞬止まった。昨日会ったばかりの彼女の顔は今、俺の隣にある。だが今はこのバグった距離感を気にしている暇はない。
耳元で囁かれた共犯志望受付。俺は今、これまでとは全く違う危険信号を脳内に発令していた。
異常な人間が集まる歪生徒会。そこの生徒会長として彼女は君臨している。
間違いない。間違いなく、彼女こそ、この学校の生徒会長に相応しい人材なのだと、強く思った。冗談で返すべきか否か、審議はそれからしばらく続いた。
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