カミさんとの出会い

書峰颯@『幼馴染』12月25日3巻発売!

短編―コンテスト参加作品―

 チュッチュッハムスターという、まだガラケーの時代にネット上であったマッチングサイトをご存じの方は少ないと思う。

 ふと思い立ち検索してみると、まだ健在するサイトの様だ。

 インターネットが完全普及した昨今となっては、出会い系は業者やサクラ、ネカマがほとんどだと思われているが、昔はそうではなかった。


 そう、俺とカミさんとの出会いは、このチュッチュッハムスターという電子の世界での、ハムスター育成ゲームを通じて知り合う事となる。

 

 このチュッチュッハムスター、マッチングは完全に運だ。

 選ぶことも出来ないし拒否する事も出来ない。

 自分が作成したハムスターが「いってくるでちゅ」みたいな事を言って勝手に誰かとマッチングする。

 そしてあろう事か、使用者である俺よりも先に相手のハムスターと宜しく事を済まし、子供を産む。

 この様な感じで生まれた子供を、顔も知らないマッチングした飼い主とで育成していくというゲームなのだ。


 たまごっちに感覚は似ているかもしれない。

 まだ携帯電話がパタパタ閉まったり、アンテナが伸びたり、画面がカラーである事が珍しい時代の話である。


 俺は当時、床屋の新人として働いていた。

 ぶっちゃけて言うとやる気は皆無。

 親に言われてただただやらされているだけの給料泥棒だったと言っても過言ではない。

 一応免許は取得した物の、ペーパードライバーならぬペーパー床屋。

 ついぞお客様の頭を一度も刈る事もなく役目を終える事になるのだが、それはどうでもいいこと。


 そんな俺の楽しみはハムスターの育成と、それと共に可能となるまだ見ぬ相手との会話だ。

 何と会話可能文字数10文字。

 今から思えばよくこんなので出会いを求めていたなとも考えられるが、逆にその不便さが業者を寄せ付けない、完全なる出会い系サイトとしての体を成したのかもしれない。

 

 しかもこのチュッチュッハムスター、育てているハムスターがお亡くなりになると金輪際元の飼い主とのコンタクトは不可能となる。

 時限性の出会い系サイトだったのだ。

 

 本音を言うと、ハムスターの育成をしたのは過去に数回ほど。

 つまりカミさんと知り合う前にもハムスターを見知らぬ誰かと育成したのだが、その経験によって、何時間ごとに世話をすればいいのか、トイレのタイミング、寿命によるシステム、これらを把握する事ができた。

 説明書は読まない、当たって砕けて覚えた人間なのである。


 そして寿命を迎える間近になり、俺はとあるメッセージを送る。

「メアドを教えて下さい」

 ピッタリ10文字だ。

 当時はSNSなんて洒落た物は一切無かった、だからやり取りがあるとしたらメールが主流になる。

 通常ezwebといったドメイン付きのアドレスは携帯一台に付き一個しか持てないのだが、裏技みたいなのでXXメールなんてのもあった。

 多分もう存在しないと思うが、色々と手段はあったのだ。


 そんなこんなで俺は将来のカミさんと出会う約束をこぎつけ、休日の昼間に初めてのデートをすることとなる。

 今から思えば、間違いなく相手が女性であると信じ切っていたのだから、サクラや業者だったら一体どうなっていたのだろうか。


 俺は待ち合わせの時間の三時間前に現地に到着し、暇つぶしにパチンコ屋に行った。

 得てしてギャンブルとは、時間が無い時に百パーセントで当たり続ける曲者であり、当時の俺もお約束とも言える程の大連チャンをかましていたのだが……約束の時間が迫る。


 間違いなくこの台は出続ける、当時は四号機と呼ばれていた時代。

 知っている人は知っていると思うが、あの時代の爆裂っぷりは異常だ。

 時速五千枚、分かりやすく言うと一時間で十万円が稼げたのである。


 だが、俺はその台を捨てた。

 生まれてこの方彼女イナイ歴=年齢だった俺が、女の子との約束をほっぽり出す訳にはいかない。

 そして待ち続けたのである。

 駅名は伏せるが、とある駅の改札を出た所のベンチ。

 そこで秋空の下、延々と彼女が来るのを待っていたのである。

 当時のハンドルネームはともちゃんだっただろうか。


 ドキドキとワクワクで胸が高鳴る。

 一体どんな人なのだろうか、幸運にも恵まれ、俺の財布の中には唸るほどの大金が入っていた。

 カラオケだろうがどこかの飯屋だろうが、なんだって行ける。

 夢と希望に胸を膨らませること数十分。

 

 彼女は姿を現さなかった。

 それらしい人に何となく声を掛けてみたものの、違いますと拒否されて終わる。

 意気消沈したまま携帯電話をいじっていると、彼女からのメールが届く。



「俺君、気持ち悪いんだけど」



 衝撃だった。

 どうやらどこかで俺の事を見ていたらしい。 

 もしくは話しかけた女性がともちゃんだったのかもしれない。


 もう一度話を戻そうか。

 この物語は俺の生涯愛するであろうカミさんとの出会いの物語だ。


 世の中にどれだけの男が、将来の妻とのファーストコンタクトに「気持ち悪い」と言われたことがあるのであろうか。

 意気消沈は更に重度と化し、俺は心の底から落ち込む事となる。

 何も聞こえない、何も見えないとはこの状態のことを言うのだろう。

 どれほどの時をそこで過ごしたのか、これならパチンコを止めなければ良かったのではないのだろうか、俺は今日一体何をしに来たのか。


 茫然自失としながらも、指は携帯電話のボタンをタッチしていた。

 言い訳を超長文で書いていたのである。

 気持ち悪いのはどうやら本当だったのかもしれない。

 しかも書いては消して書いては消して、それを繰り返していた。

 如何にしてともちゃんに俺が気持ち悪くないかを伝える為に。


 今から思えばその行為こそが気持ち悪いのであろう。


 だがしかし、突如ベンチの隣に艶やかな金髪の、薄手の暖色系のコートにミニスカートの低身長、真っ白な肌の女性が眉を顰めながら座るではないか。

 

 突然の事で俺は携帯を打つ手を止める。

 説明のメールは送っていない、まだ途中だったから。


「いつまでここにいるのよ……どこか行くんでしょ、行こ」


 手を取られ、俺はともちゃんとの初デートへと足を運ぶ。

 そこから先はよくあるラブコメと大差ないのでご愛敬とさせていただこう。

 旅行先で親戚に連れ戻されたり、謝罪のために坊主になったりと、よくある話だ。


 後に聞いたところ、俺の意気消沈した姿が余りにも哀れで、とても可哀想な事をしてしまった、だから一回だけデートに付き合ってあげよう……となったのだと聞かされた。


 人生何があるか分からない。

 チュッチュッハムスターによって、俺とカミさんは出会い、そして子供も生まれた。

 

 幸せの絶頂である。

 そんなカミさんに見守られながらの執筆はとても居心地がいい。

 これを読んでいる独身者の方は、是非とも婚活、出会いを求めてはいかがだろうか? 気持ち悪いが初手の俺でも結婚出来たのだから、人生捨てたものでは無いのかもしれない。

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