第5話 雨降って

 部活のないある日、花は帰ろうと昇降口を出たところで、雨が降っていることに気付いた。

そういえば、午後は雨って天気予報で言ってたっけ…と思い出したたところで、後の祭りだ。

(このぐらいなら、走って行ってもなんとかなるかな)

 花が駆けだそうとした時、ふっと頭上に影がかかるのを感じた。振り返ると、ミツが傘を掲げて立っている。


「花ちゃん、傘忘れたの?良かったら駅まで一緒に帰ろー!」

「え、でも…」

「大丈夫大丈夫、この傘でかいから。明日も学校なのに制服びしょびしょになっちゃうよ?」


 ミツは、花が一人で教室を出たのを見て、密かに追いかけてきたのだった。大きめの折り畳み傘を常に鞄に入れていたことが、ようやく功を奏した。これも、春休み中にネットで見た胸キュンテクの一つである。

 「じゃあ」と花が素直に従い、二人で駅へ向かって歩き出した。


 校門を出ようとしたところで、雨の中アカシアの木にミツバチが舞っているのを見かけ、花は足を止めた。ミツもそれに気づき、少し遅れて立ち止まる。


「あの時、ミツバチさえ来なければ・・・」

くしゃみ三連発にあんな顔、見られなくて済んだかもしれないのに。

花がぼやくと、ミツがすかさず否定する。

「そう?ミツバチのおかげで花ちゃんとも仲良くなれたと俺は思ってるし、ミツバチ様様だよ~」

「ミツ君だって、あんな顔私に見られたのに?」

「もちろん!親近感湧いたでしょ?」


 花がはっとミツを見上げる。思いがけない近さに、一瞬息が止まった。

なんて前向きな人なんだろう。最近の花は、ミツバチやら花粉やらのせいにして、ネガティブ思考になっていたのではないか、と思い知らされた。


「ミツ君ってさ、なんか、いいね」

思わず心から出た言葉だが、それがどれだけミツの心臓を揺さぶったのか、花は全く気付いていない。その直後にミツが花の片手を手に取ったことに、心底びっくりした顔を返した。


「花とミツバチってさ、なんか、俺らみたい。

 俺さ、こんなふうに、もっと花ちゃんと仲良くなりたいんだけど」

 そう言って、ミツは握る手にグッと力を込め、真っ直ぐに花の目を見つめた。


 傘の中で、握られた手と視線と、その二点で押さえられ、花は身動きが取れなくなった。身体は動かないのに、心拍が早くなり、顔が上気する感覚を憶え、戸惑う。

(ていうか、近いよ近いよ近いよーーー)


 今日は、いつもオチをつけてしまっていた元凶である、くしゃみは出ない。決まった――。ミツは、雨に感謝した。


「ふふっ」

花の笑顔が咲く。

「でも、杉山に檜木って、ほんと花粉の申し子って感じだね」

花が笑ってくれたことに、ミツは安堵の息を吐いた。

「いいじゃん、花粉症仲間だし」

「それも、そうだね」


 花粉に、ミツバチに翻弄される形で始まった花の高校生活。うじうじするよりも、それを楽しんだ者勝ちだとミツが教えてくれた。


 感謝と、これからの日常への期待を込めて、花はミツの手をきゅっと握り返した。

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スギとヒノキとミツバチと 佐伯 鮪 @shiroebi

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