行動記録 9日目 土曜日

社長の英断

 

 お爺ちゃんと、由香が胸に飛び込んできた。美紀がシングルマザーになった経緯は自見も承知している。一緒に備品庫室で働くようになって、美紀を見ていると、本当の娘のように思えてならない。

 初めて美紀に会い、そして由香を抱きあげた時の喜びは今も忘れることはない。血は繋がっていなくても、娘で、孫だ。妻は二人が家に来るたび、その喜びを抑えきれず、1分1秒を惜しむかのように慈しんでいた。


 昨晩は本当に楽しかった。盆と正月が一緒にくるとはこのことかもしれない。興奮が冷めやらぬときに朝を迎えたが、会議で社長初め幹部の視線を浴びている自分を客観的に捉えていた。


 妻が、笑顔で皆を送り出している。この妻の笑顔で何度勇気を貰ったことか。妻のご両親に、お嬢さんと結婚させて下さい、と言ったら義母は義父を見ながら、お父さん良いでしょう。


 会議室に入ると、正面に社長、左に会長、右に専務と都合7名が着席していた。自見と佐藤女史は、社長と対面の椅子に座り、会議が始まるのを静かに待っていた。


 傍らの進行係大野警務部長が、それでは臨時最高幹部会議を始めます、と、開会宣言をした。


 先ず、大同会長と対峙している遠藤専務が、異議を申し立てた。この調査報告書に客観的事実は担保出来ないと主張した。


 大同が、「どういう事ですか」

 「パワハラしたという7人から口述が取れていない」 

 「報告書は、直接当事者に会って事情を聴いたと書かれているが」

 「しかし、全員そういうことはなかった、と」

 「確かに、最初の報告書はそうだが、最終報告書には録音の内容からして、7人が実行した事実は曲げられないと。今一度調査資料を確認して見て下さい」


 遠藤は、眼鏡を掛け直し資料を見た。20ページの最終調査報告書は、5日間の調査内容が、時系列で書き上げられていた。

 それは、あくまでも客観的事実に基づくものだけで、推測を極限まで排除している。

 そして、真地間が録音した内容を、別紙資料添付として、これも時系列で30ページに纏められていた。資料作成だけでも相当な時間を要する。

 

 遠藤専務は最初に躓いてしまったので、それ以後は黙ってしまった。日頃から、資料をきちんと見ることがない。その癖が如実に出てしまった。


 代わって遠藤専務横の木島取締役が、支社長と次長は懲戒処分に相当すると書いてある、確かに警備先から少し多く貰っているが、錯誤の問題であって、支社長と次長が横領したとする主張は妥当ではない。


 大同が、議長の社長に会釈し、膝に手を置き正面を直視している自見を促した。

自見は立ち上がって、社長と大同に黙礼し、  

「僭越では御座いますが、社是の第一に、信義誠実であれ、正当な対価は求めよ、不当な対価は排除せよ、とあります」

 商売を行うにあたり、貰うべきものは何人にも正々堂々と主張せよ。しかし貰うべきものではないのを、一時の欲で取得すればやがて身を滅ぼす。と、商人道は説いている。


 太閤豊臣秀吉はその大坂商人の商人道は、武士の武士道にも通ずるとし、商人の力を最大限に利用し、今日の大坂発展の礎を築いた。


 大同警備は、大坂が発祥の地だ。創業者大同道貫は、この商人道を参考に、警備業を開始するに当たり、警備業は、他人の生命、身体、財産を守る崇高な使命があるが、また商法第502条五の作業又は労務請負の商行為でもある、と。


 言葉を変えれば、警備業は商売だから利潤を追求するのは当然だが、と言って、不当な利益を得ることはあってはならない。その骨子は常に、他人の生命、身体、財産を守ることが基調とされなければならない、とした。


 創業者の社是は、今も脈々と受け継がれている。大同も、自見も他警備会社の社是と、一線を画すこの社是が好きで、大同警備に入社した。


 この社是は重い。続いて、自見は報告書16ページの、支社決算報告書を、プロジェクターで説明した。更に、その中のキャッシュフロー計算書について説明した。

 キャッシュフロー計算書は、企業活動に伴う収入と支出を、営業活動、投資活動、財務活動と企業の活動別に区分して表示するものだが、営業活動項目の中で、総合ターミナル物流センター警備隊からの入金後、期中に444万円支払われていた。

 振り込み先銀行口座を調査してみると、それは有馬支社長の銀行口座だった。


 確かに、決算報告書の賃借対照表は疑うべきものはないが、このキャッシュフロー計算書は疑う余地がある。

 村越順子は、支社長と次長の会話を立ち聞きしたときから、毎年の決算報告書をPDFファイルとして密かに保存していた。

 

 喫茶店で、PDFファイルを見、応接間でのやりとりの模様を聞いた時、自見はその444万円が近藤隊長の1ポスト分であると即断した。

 図師は、本社入社当時配属先は経理部だった。図師は、支社の決算報告書を点検し上記の不正を発見し、有馬を強請った。


 全員、自見の説明をじっと聞いていた。あらましの説明が終了したところで、社長は

 「自見さんご苦労様でした。良くわかりました」

その言葉で、自見は着席した。もう誰も意見を述べなかった。


 大野警務部長が、それでは社長お願いします。


 社長は、「事実は事実、曲げることは出来ない」と一言いった。

それをもって会議が終了した。


 会議後、佐藤女史に近寄り、「弊社社員に誠実かつ親身な対応をして頂き有難う御座いました。真地間さんのお母さん、妹さんの幸子さんに宜しくお伝え下さい」と、深々と頭を下げた。

 佐藤女史の目から、みるみるうちに涙が溢れてきた。


こうして、自見の9日間に渡る行動記録は終了した。



後書き

 第一部はこれを以って終了します。第二部、挑戦、は更に面白いものとなっています。どうか皆さまご期待下さい。遅くとも一週間後にはご披露致します。

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自見耕助の歩いた道 第一部 特命 伊眉我 旬 @03haru

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