おまけその2-4 クリスマスの準備はふたりで
「じゃ、またね〜」
「うん、またね」
歩ちゃんに別れを告げて、剛さんの隣に並ぶ。
そっと差し出された手を、私は取らなかった。
寂しそうにする剛さんの顔を見ると心が痛むので、視線をアスファルトに落とした。
街頭によってできた私たちの影はぴったりと寄り添っていたけれど、それが逆に心のすれ違いをより際立たせているみたいだった。
どこを向いても、見たくないものばかり。
八方塞がりの状況を、これほどまでに現実は突きつけてくるのか。
「文」
「……はい」
「寒くない?」
「いえ、大丈夫、です」
嘘だ。
もう11月になって、夜は冷えるようになったというのに、自棄になって防寒着のひとつも身につけずに歩ちゃんの家に来てしまったから、めちゃくちゃ寒い。
ただの痩せ我慢だけど、もう剛さんには頼れない。
「……じゃあ、せめてウチ上がっていってよ。俺はこんな寒い外で話し合いなんてしたくないしさ」
私だって本音ではしたくないので、剛さんの家にお邪魔することにした。
もしかしたら、これが最後になるかもしれない。
覚悟を決めて、私は進んだ。
「はい、いつもの」
「……ありがとうございます」
私が家に来ると、決まってるんだけど剛さんは家にあるコーヒーメーカーでカフェラテを出してくれる。
最初は砂糖をいっぱい入れていたけれど、今はちょっとだけで十分飲めるようになった。
いつもよりも、カフェラテをじっくりと味わう。
ほのかな苦味の中に今までの甘い思い出が混じって、涙が出そうなくらい美味しかった。
「文。まず謝らせて欲しい。ごめん」
正座をして、剛さんが頭を下げた。
やっぱり、私とは、おしまいなんだろうか。
お金の使い道は、別のひとなんだろうか。
「……いや」
「あ、や?」
剛さんが反応したことで、やっと私は声が漏れ出たことに気づいた。
「いやです、わたし、つよしさんが、いいですっ……!」
もう、声も、涙も、止まらない。
剛さんは、そんな私をゆっくりと抱きしめてくれた。
「文。多分勘違いしてる」
「かんちがい、って、なんですか……!」
「俺は、いつだって文一筋だ」
「だって、さいきん、バイトばっかりで」
「文に、クリスマスプレゼント買いたくて」
「……えっ?」
クリスマス、プレゼント?
「……俺、彼女とか今までいたことないから、どうしていいかわかんなくて。サプライズで文にクリスマスプレゼント買おうとしてたんだけど……その、そのせいで文を不安にさせちゃったみたいで……ほんっっとに、ごめんっ!」
「……あっ、の、わたし、その……こ、こないだ、バイトもないのに予定があるって言ってたのは」
「……広橋に、『文の欲しいもの調査してほしい』ってお願いしてた」
「……私抜きで、女の子と会ってたんですか」
「ちゃんと和泉もいた」
「そうじゃありませんっ!!!!」
「はいっ」
「なんですか、それ! 剛さんが私に愛想尽かして浮気したと思った私がバカみたいじゃないですか!! どうしてくれるんですか!!! さっきさんざん歩ちゃんの前でメンヘラかましちゃったじゃないですか!!!! 裏で事情知ってる歩ちゃんの前で!!!!!」
「本当に申し訳ございませんでしたァ――――ぐえっ」
私は、剛さんの後頭部を分厚い漫画雑誌で叩いた。
これくらいのDV、許されてしかるべきだ。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…………」
剛さんは、まだ頭を下げ続けている。
私が何も言わずに、息を整えているだけの間も、ずっと。
「……もういいです。こんな人と知らずに付き合った私がバカでした」
「えっ」
剛さんの首が持ち上げられた。
今の私のセリフが、別れを切り出す感じに聞こえたのかもしれない。
よし、仕返しだ。からかってやる。
「カフェラテ、ごちそうさまでした。ここで飲むのもこれが最後ですね」
「あ、や」
「剛さんとの4ヶ月、楽しかったですよ」
「文、俺」
「そんな情けない顔、しないでくださいよ」
今にも涙を流しそうな、まるで飼い主に捨てられる寸前の犬のようで。
今まで見たことのない、かわいい剛さん。
もうちょっとだけこの顔を眺めていたいけれど、流石にかわいそうかな。
「文、俺が悪かった。だから――」
「ほら、シャンとしてください。クリスマスの準備、してくれるんですよね?」
「――別れない、で……えっ?」
「なんですか。フラれるとでも思いました? そんなわけないじゃないですか。私だって剛さん一筋ですよ。バカ同士、これからもよろしくお願いします」
「あっ、えっ、へぇっ?」
「いつまでそんな間抜けな声出してるんですか。さっさと剛さんが私のために私をほったらかしてでも汗水垂らして稼いだお金の使い道考えましょうよ。私も剛さんがバイトのシフト増やしたせいで暇だったので、ちょっとシフト増やしてお金にも余裕できましたし」
「あ、はい……」
結局、剛さんが呆けたままだったせいで何を買うかは何ひとつ決まらなかった。
けれど、久々に一緒に過ごした時間は、何にも代えがたい幸せに溢れていて。
私が剛さんの彼女である、という事実は、これから先も変わらない。
あ、そうそう。
この夜、ふたつだけ変わったことがある。
「おはよう、剛くん。よく眠れた? 朝ごはん、できてるよ」
【本編完結済】高校時代付き合っていた同級生の元カノが、浪人して大学の後輩になりました 二条 @NiJoe0616
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