3/31『ぬいぐるみ×家政婦×最後』

お題『ぬいぐるみ×家政婦×最後』


「あら、かわいらしい」

 街を歩いていると謎の美少女こと謎野さんがゲームセンターの店頭にあるUFOキャッチャーに視線を奪われ、立ち止まってしまった。

 彼女の視線の先にあるのはなんだか目つきの悪いペンギンのぬいぐるみだ。

「……そうか?」

「ええ、とってもかわいらしい人形ですわ。祭人さんに似てらっしゃいますし」

「え?」

 聞き捨てならない謎野さんの言葉に俺は真顔になって目つきの悪いペンギンのぬいぐるみを凝視した。

 謎野さんの中では、俺はこう見えているのだろうか。

 だとしたらちょっとショックだ。

 しげしげとぬいぐるみを凝視する俺を謎野さんはくすくすと微笑みながら見つめてくる。思わず恥ずかしくなって俺は目線を逸らした。

「UFOキャッチャー、お得意ですか?」

 俺は渋い顔で首を横に振った。

「残念ながら、ここではい、と言えるほどの実力はない」

「かまいません。お金なら出します。是非、あの子をお迎えしてくれませんか」

 と、謎野さんは音も無く手のひらから五百円玉を出現させる。

 ――今、どこから五百円玉を?

 あまりにも不自然だが、謎野さんなので仕方ない。謎の美少女なのでそれぐらいする。

「覚悟を決めるか」

 俺は五百円を投入し、意を決してボタンを押した。

 機械音とともにUFOが動き、謎野さんご所望のぬいぐるみの頭上へと向かう。

 が、俺のボタン操作のタイミングが早かったのかやや手前でUFOのクレーンは空を切り、ぬいぐるみを捉えることはなかった。

「……形状と良い、ちょっとこれは難しいな」

 チャンスはあと二回。

 だが、全然取れる気がしない。

 こういうものは、取れるという確信を、イメージを掴めるかが大事だ。

 取れるイメージを掴んだのならば、あとはそれに従って動くだけで良い。

 その点で言えば俺は今かなり追い詰められている。

「お困りようね」

「お前は!? 愛取姫子!!」

 学園のアイドルことうちの学校で一番かわいいと評判の姫子がいつの間にかUFOキャッチャーの影から現れた。

「お前、どうしてこんなところに……」

「私だってゲーセンに遊びに来ることくらいあるわよ」

 そして鞄の中から三体のぬいぐるみを取り出す。

「そ、それは!?」

 珍しく驚嘆の声を上げる謎野さん。

「ええ。分かる? どれも高難易度のUFOキャッチャーでしか手に入らない限定の子達よ」

「なんてこと!? 祭人さん! 姫子さんはただ者じゃないですよ!?」

「ああ、想像以上にヘビーユーザーらしいな」

「ええ、私の手にかかればそのペンギンなんて、一瞬で、ズドン、よ」

「なんでクレーンゲームでズドンって擬音になるんだよ。おかしいだろ」

「ズドンって落ちるのよ! 手元に!」

「それならぽとっ、じゃないか?」

「まあまあまあまあ、よいではありませんかお二人とも」

 口論になりかけた俺たちの会話を謎野さんがいさめる。

 いつもとはちょっと珍しいパターンだ。

「姫子さん。お願いしても?」

「モチのロンって奴よ」

 俺を押しのけて姫子がUFOキャッチャーの操作パネルの前に立つ。

 そして彼女の的確なボタン裁きでぬいぐるみはクレーンにひっかかり……出口の手前でつるん、とすべって落ちる。

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

 珍しく謎野さんが両手に頬を当てて奇声を上げる。謎野さんも意外と年頃の娘っぽいところもあるんだな、と俺は謎の感想を抱いた。

「落ち着きなさい、映子。今のはわざとよ」

「なんですって!?」

「いや、それは嘘だろ」

「まあ、嘘だけど」

「なんで嘘ついたんですか?」

「ちょっと格好つけたかったのよ。それはそれとして次は取るわよ」

 五百円で三ゲームだ。

 今なら後一回チャンスがある。

「姫子スペシャル決めるわよ!」

「ボタン二回押すだけなのにスペシャルもクソもあるか」

「私の可愛いカットインが入るに決まってるでしょ。それくらい感じなさい」

「じゃあ俺は画面の左上で「あーあ」てコメントする芸能人の役をするよ」

「失敗前提のリアクションやめなさい」

 などと言ってる間に姫子はあっさりとぬいぐるみをゲットしていた。

「ほい」

 彼女は取り出し口から拾い上げた目つきの悪いペンギンのぬいぐるみを謎野さんへと渡す。

「まあ。まあ。まぁ! ありがとうございます。

 生涯大切にいたします」

「重い重い。映子さん。UFOキャッチャーのぬいぐるみに激重感情を乗せすぎ」

「取れなかった負け犬が吠えても無駄よ」

「はいはい、分かりましたよ」

 なぞと俺と姫子がくだらない話をしている横で謎野さんが満面の笑みを浮かべる。なんというか普段はミステリアスで底知れない雰囲気のある謎野さんだが、年相応に可愛い一面も持ち合わせているのだなぁ、と感心した。

「ほら、あんたからも何かないの?」

「ああ、俺の彼女にぬいぐるみをプレゼントしてくれてありがとう」

「ふふふふんっ、いいってことよ! 私とあんたの仲じゃない!」

 何故か胸を張って得意満面に笑う姫子。

 ――こいつ、こんな高慢ちきキャラだっただろうか。

 もしかしたら何か良いことでもあったのかもしれない。

「あら? 家政婦長から電話ですわ」

 謎野さんがスマホを取り出し、通話を開始する。

 少しのやりとりの後、彼女は用事があると言ってぬいぐるみを抱えたままゲームセンターの前から姿を消した。いつ見ても鮮やかな消えっぷりだ。

「いつも思うけど、あれってテレポテーションなの?」

「まさか」

「でも、映子、テレポくらい普通に使えるでしょ?」

「まあそんな雰囲気があるのは認める」

 いつだって彼女は神出鬼没で呼べば現れてしまうのだから。

「……なんというか、楽しそうね?」

「ん? 俺が? お前じゃなくて?」

「ええ、あんたが、よ。

 さっさと彼女を作りなさいって言って正解だったわ」

 姫子はどこか達観したような、遠くを見るような目で語る。

「そうだろうか。正直謎野さんとつきあい始めていきなり家が全焼したから実感が湧かないな」

「だとしても、放課後に誰もいない教室でぼけっとしてた頃より全然マシよ。マシ。天と地の差よ」

「そうなのか? 知らないが」

「そうなのよ。知ってるからね」

 姫子はずずいっと何故か強調してくる。

「ええ、私は正しかった。やっぱりあんたは彼女が出来るべきだったのよ」

「……今日は変に絡むな」

「春休み最後の日だからね。明日からの新学期、私達が同じクラスになれるか分からないし、下手したら二度と会話しなくなるかも知れない」

「別にそうはならないだろ」

「どうかしら。中学の時、別のクラスになった途端卒業まで一度も絡まなかった子もいるし」

「ひれは人それぞれってもんだろ」

 俺は肩をすくめ、深くため息を吐いた。

「じゃあ、俺も最後に聞いてみよう」

「お?」

「そうであって欲しくないのだが――男と女の友情って成立すると思うか?」

 俺の質問に姫子は目を細める。

「いい質問ね」

「ああ」

「実のところ、これに関しては私も疑問に思ってたの。あんたと知り合って、あんたとつるんで……それからずっと思ってきたことね」

 俺と姫子は見つめ合った。

 整った彼女の顔立ちはやはり学校一の美少女を名乗るだけあってとても愛らしい。

「決まっている。友情とは誰とだって成立する可能性がある」

 俺の答えに彼女は黙って手を差し出してきた。

 俺は黙ってそれを握り返した。

「ユウジョー」「友情よね」

 俺たちは同時に言い放ち、同時に笑った。

「俺は、お前といるのが心地良い」

「私もあんたと居ると楽しい」

「けど、これは恋じゃないな」

「ええ、私はあんたの隣に居たいと思うけど、それは女としてじゃないわ」

 握手したまま、俺たちは何故か互いに変な笑みを浮かべる。

「よかった。愛してるぜ、相棒」

「私も、便りにしてるわ、親友」

 手を放し、俺たちはなぜか中空でハイタッチを行った。

 俺は正直、謎野さんとつきあい始めてからずっとついてくる姫子のことをずっと疑問に思っていた。

 だが、彼女も同じように友情らしい。

 それならば、何も問題ない。

 俺たちはこれからも楽しくやっていけることだろう。

「で、お前はいつ友崎に告るの?」

「分かんない! ていうか、友崎くん全然私のことみてくれないんですけど!!

 あんたと映子も協力してなんとかしなさいよ!」

 むきぃ、と姫子が叫びを上げる。

「しゃあねぇな。なんとか場をセッティングしてやるよ」

「ホント? あんたも彼女できたんだから、今度はきっちり私と友崎くんをくっつけなさいよね」

「はいはい」

 そんな馬鹿な会話をしながら、俺たちはゲーセンの中を歩いた。

 おそらく俺たちはこれらかもこんな馬鹿な会話をしながら、仲良くやってくのだろう。

 謎野さんが何者かは分からないけれど、これだけは確かなことだった。




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ワンドロ即興小説集2021年3月版 生來 哲学 @tetsugaku

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