3/27『太陽×池×廃人』

お題『太陽×池×廃人』


「いけぇぇぇ!」

「ボールそっち!!」

「決まったぁぁぁぁ」

 体育館にこもる熱気に俺は正直戸惑っていた。

 コートの中では幼なじみの友崎がバスケットコートでレイアップシュートを決め、観客席が盛大に盛り上がっている。が、正直インドア派の俺としてはこういう場は場違いであり、なんというか居心地が悪い。

 友人のチームが大会に出るからと応援に来たのは失敗だったかも知れない。テレビの観戦みたいに他人事でへらへらと気軽に楽しめる場ではなく、なんというか戦場のような緊張感がそこにある。

「……ちょっと飲み物買ってくる」

 俺は同行していた観客席のクラスメイトに一声かけて席を外れた。

 友崎には悪いが、あの様子だとみてなくても勝てそうなので、正直応援のしがいがない。人混みの中にいるのも正直苦手なので、ちょっと人の少ない自販機コーナーに逃げさせて貰う。

 と、そこで聞き慣れないワードが聞こえてきた。

「やべぇぞ。あの高校」

「ああ、<太陽の聖女>が居るところだ」

「ああ。あの悪魔のマネージャーがいるチーム。マジでやべぇな」

 日常生活ではまず聞かない発言に俺は興味をそそられる。

 高校生の男子バスケットボール大会で「太陽の聖女」って二つ名が出てくることあるのか?

 俺は思わず観客達が奇声を上げているバスケットコートの試合を覗きに行った。

 そこにあったのは――、異様な光景だった。

「また入った!」

「なんて精度!」

「――ていうか、本当に大丈夫なのか?」

 ゴールが決まったというのは聞こえてくるのは戸惑いの声。

 途中から見た俺でも一目でその異常が分かった。

 コートの中に一人、全身からバケツを浴びたのか、と言わんばかりに汗だくの選手が居るのだ。

 疲労困憊が服を着てるような、それこそあと少しで死にそうなほど疲弊した選手。

 息も絶え絶えだというのに彼は抜群の動きを見せ、相手からボールを奪うと共にすさまじいドリブルでコートを駆け、点を取る。

 何故あの状態で立っていられるのか。

 もうほとんどゾンビではないのか、という状態だったのだが、やはりというか当たり前のことだがついにその選手は倒れてしまった。

「池!」

「池君!」

「しっかりしろぉぉぉお! 池!!」

 ボロボロの選手――池くんに駆け寄るチームメイト達。

 ああ、あの選手はもう退場だな、と思っていたが選手達を押しのけながら一人、赤髪の美少女が現れた。

 彼女は倒れた池選手の手を取り、ささやくような声で呟く。

「池くん……もう終わりにしましょう。弱小チームのうちがここまでこれたのは池くんのおかげです。でも、こんなところで池くんの身体を壊す訳にはいきません。

 夢をありがとう、池くん。楽しかった」

 その美少女が涙ながらに彼の手を握った途端、まぶたの閉じていた池選手の目がゆっくりと開く。

「いいや、春野さん。終わりじゃない……俺は、まだ動ける!」

「そんな!」

「池!」

「もうやめるんだ!」

 立ち上がろうとする池選手にチームメイト達が必死で静止しようとする。が、池選手はどこにそんな力が残っていたのかマネージャーの春野さんとやらの手を握りしめ、決意を語る。

「俺は君とみんなにチームを優勝させると誓った。だから、こんなところで負ける訳にはいかねぇぇぇ!」

「うぉぉぉ!! 池!!」

「大丈夫なのかね?」

「審判! 俺はまだやれます!」

 半死人状態の池選手だったが、彼の強い熱意に圧されて審判は試合続行を宣言する。

 そして再び池選手は死に損ないとは思えないほどの力を発揮して敵チームからゴールをもぎ取っていくのだった。

「うわぁ、あのマネージャー、またエースの池君を蘇生させた」

「もう三度目だぞ」

「さすが太陽の聖女。あの子が泣いたらどんな男も男気を見せて何度でも立ち上がるんだよなぁ」

 観客席の奴らが慣れた言葉で解説し合う。

 ――いつも通り、てくらい有名なのかよあの子。

 まあ<太陽の聖女>て二つ名が付くくらい有名らしいので、こういうことは一度や二度ではないのだろう。

 やがて、この試合は太陽の聖女がいる方のチームが勝った。

 そして試合終了と共に倒れる池選手。

「早く医務室へ!」

 担架に載せらる間もマネージャーの美少女は必死で池選手に声をかけ続けたが意識が戻ることはなかった。さすがの彼女も気絶した相手にはその神通力は通じないらしい。

「もうダメだ……エースの池が倒れたのなら、俺たちのチームもここまでだ」

「そうですね。ベスト8まで残れて夢を見れましたね」

「待ってください。皆さん。ここであきらめるんですか」

 肩を落とすチームメイト達に太陽の聖女が声をかける。

「良いですか。池君がここまでみんなを連れてきてくれたんです。

 彼の頑張りをここでみんな無駄にするんですか?」

 ――池選手を廃人にしたのはお前だろうが。

 遠巻きに見てて俺は思ったが、彼女の言葉にチームメイト達は感極まって泣き出す。

「そうだ。池の頑張りを無駄にする訳にはいかねぇ」

「たとえ池が居なくても俺たちでチームを優勝に導くんだ!」

「やるぞぉぉぉぉ!」

「「「うぉぉぉぉぉ!!!」」」

 チームメイト達は太陽の聖女の言葉にまんまと乗せられてテンションを上げる。

「……世の中には怖い女も居るんだなぁ」

 ――関わらないでおこう。

 そう思って俺はそのバスケットコートを後にした。




 そして迎えた決勝。

 我らが友崎が率いるうちの学校のチームの対戦相手は太陽の聖女がいる弱小校のチームだった。

「……マジか。あいつら決勝に残ったのか」

 太陽の聖女の激励恐るべし。

 だが、相手チームの疲労度は尋常ではなかった。

 チームメイトほぼ全員が倒れる寸前と言った見た目だった。

 ――あんな状態のチームで試合になるのか。

 俺の不安を余所に試合が始まる。

 結果から言えば勝負になるはずがなかった。

 戦う前からボロボロだった相手チームに対してうちの学校のチームは簡単に点を取りまくっていた。相手チームの気迫だけはすさまじかったが、気合いだけでやれることには限度がある。

 と、そこで気づく。

 いつの間にか相手チームの美少女マネージャーが居なくなっていた。

 ――<太陽の聖女>、一体どこへ?

 嫌な予感がした。

 やがて、ハーフタイムの笛と共に運ばれてきたのは点滴を打った池君と太陽の聖女だった。

 ――まさか。

 俺の嫌な予感は的中した。

「池君。見て。ごめんなさい。せっかく池君が連れてきて決勝だけど、もうここでおしまいみたい」

 泣きながらに呟く彼女の言葉に虚ろな目をして横たわっていた池君が身体を起こす。

「いや、こんなところでは終われない。

 俺たちはまだやれる!!」

「そんな池くんだめよ!」

「俺が、試合の流れを変える!!」

 バスケットコートの横で始まった茶番を聞いていた審判も流石に顔を引きつらせながら彼らに言う。

「大丈夫なのかね? そこの選手は試合出来るような状態では――」

「私からもお願いします! 池君を試合に出させてあげてください! 私も辛いです! でも、彼に夢を叶えさせてあげてください!」

 ――うわぁ、白々しい。

 かくてコートに入った池選手は先ほどまで気絶していたとは思えないほどの抜群の動きを見せて我が校のボールを奪い、次々と点を入れていく。

 途中何度か池選手は倒れそうになったが、「再起不能になっても良い、この試合だけは勝つ!」などと叫びながら体勢を立て直してバンバンスリーポイントシュートを決めていった。

 ――このままだとあいつ死ぬな。

 それは誰の目にも明かだった。

 しかしながら、試合は一人でやるものではない。

 結局、池選手が全力で巻き返しを図ったが、逆転には至らず、普通にうちの高校が勝った。現実とはそんなものである。

 試合後、俺は幼なじみに駆け寄り、ねぎらいの言葉をかける。

「よ、優勝おめでとう」

「おう、ありがとよ。ヤバイ試合だったけど、なんとかなった」

 と友崎はさわやかなに笑う。

 と。

 背後に気配がした。

「優勝おめでとう」

 現れたのは敵のチームのキャプテンと<太陽の聖女>だった。

 池選手だけでなくチームメイトのほとんどが倒れてしまい、もうキャプテンと彼女しか残っていなかった。

 ――たかだか高校の地方大会に命賭けすぎだろう……。

 さしもの試合内容に俺はただただどん引きである。

 友崎と敵チームのキャプテンがなにやら話して「良い試合だった」と握手しているが良い試合もクソもない。

 やがて、去り際に太陽の聖女はぼそり、と呟くのを俺は見逃さなかった。

「……友崎選手、あなたさえ居なければ」

 俺は嫌な汗をかく。

 もしかしたらあの太陽の聖女――どこかで再び対峙する時が来るのかも知れない。

 俺はそんな恐怖を覚えつつ、試合観戦を終えるのだった。




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