第23章 エピローグ

 その男は、不動産屋のウインドウに張り出してある広告をしばらく眺めていたが、やがて連れの女を促して店の中に入った。

 いらっしゃいませ、の声をかけて店員が立ち上がった。

「表の広告にある売地についてお聞きしたいのだが」

 男はウインドウの方を指さして言った。「八十二坪の、古家つきの土地だ」

「どうぞ、こちらへおかけください」

 上客と見て、店員はテーブルと椅子のあるコーナーへ二人を案内した。問題の土地は、ここしばらく空き家になっていた古い家が建っているせいで、なかなか売れずにいた。売主に価格を下げてはと助言したが、うんと言ってもらえない。買い手がつくならありがたい話だ。

 客は日本人だが、連れの女は外国人だった。金髪を耳の下でばっさりと切った、若い娘だ。親子には見えないから、夫婦だろうか。

 金髪の女が男に何か尋ねると、男は、心配いらないというように、女の手を軽くたたいた。マエストロ」と呼びかけて何か答えた。

 変わった名前だ、と不動産屋は思った。

 まあ、女はどうでもいい。男の方が日本語を解するのならば商談に支障はない。店員は、事務員に客に茶を出すように頼んで、物件の資料を取りにオフィスに戻って行った。

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わたしの愛した殺人鬼 日野原 爽 @rider-k

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