男はまた歩き始める
かのじょのいないせかい
あのとき、たしかに聴こえた気がしたんだ。
裁判が終わり、刑に服し、刑期を終えた男は、あの日のような空を見上げていた。
これから、どうしようか。
刑務所の壁沿いを当てもなく歩いてると、スーツ姿の男性に話しかけられた。
「本田和良さんですか?」
怪訝におもいながらも「え、ええ」と返事をすると、
「よかった。見つかって。実はあなたに封筒を預かっておりまして、こちらです」
差し出された封筒を受け取ると「たしかに、お渡ししました。それではわたしは失礼します」
向きを変え歩き出した男性を呼び止めるか悩んだが、封筒がなにか気になった。
封筒には何も書いてなく、なかをとりだすと手紙が入っていた。
山本 正美です。 「!?」
この手紙を本田さんが読んでいるということは、なにもかもが終わったあとかとおもいます。
こうして、何年後かもわからない世界へと手紙を書くのは、いささかおかしい気分になってしまいます。本田さんはこんな感じに老けているんじゃないかななんて勝手に想像して少し楽しい気持ちになります。
お元気ですか?
わたしは、元気、とか言うまでもないですよね。
おそらく、いえ、確信があります。本田さんはわたしを助けようと自分だけが事故死すればいいと、行動しようとする。だから、この手紙を書こうと思いました。
本田さんはやさしいひとだから。
ずっと、ずっと、巻き込んでしまったことを後悔しています。わたしのために、つらくて、おもいものを背負わせてしまうことを。わがままばかりですが、
それでも、生きてほしい。
初めて、話し掛けてもらったときのことは正直思い出せません。ごめんなさい。
愛子ちゃんに紹介されるまで、いつもあのひといるなー、くらいにはおもってましたよ?
紹介されてから、ちょっとしたことを話すようになって、そのひとがらに触れて、信用できるひとになって。そして安心を与えてくれるひとになってくれた。なにもかもどうでもよくなっていたわたしなのに。ありがとう。
ありがとう。
そしてわたしのせいで、ごめんなさい。でも
きっと「いいんだよ」っていってるとおもう。ちがったらごめんなさい。
最後まで、
わたしを肯定してくれてありがとう。
わたしにまた、笑い合えるじかんをくれて、ありがとう。
あなたと出会えたことが、すべてを失くしたわたしにとって、一番の幸運でした。
あなたがいたから、愛子ちゃんとも出会えた。
あなたがいてくれてよかった。
ありがとう。
所々が涙でにじんだ文字をすべてを読み終わった男は、昔日をおもい、数瞬あてのない遠くを眺め、ただひとり、また歩きはじめた。
ありきたりな悲劇は むくろぼーん @mukurobone
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