第17話
「いいや、違う。ハッセンがもたらすのは幸せではなく、破滅だ。テレジーナ姫、受け入れがたいだろうが、どうか僕を信じてほしい」
まだ十八の青年は、テレジーナ姫を引き寄せた。白い肌は赤く染め上げられ、まるでリンゴのよう。
「一緒に行きましょう。僕も、ヴェルデ国王に会って、直接伝えにいかねばね。君をください、と」
「まあ、ニコラルド様ったら」
ここへ来たた時のお転婆ぶりをばらせば、たちまち怒られてしまうだろう。だから口は噤む事にしていよう。
僕は微笑ましいお二人を見ながら、少しばかり顔を綻ばせた。
城へ帰ると大騒ぎ。何といっても死んだと思われていた姫様が、隣国の王子と一緒に帰ってきたのだから。
しかし城の中ではまた別の騒ぎが起きていたらしく、二つの混乱のせいで大パニックであった。
*
さあこの後が大変。ドロシーさんに連れられて玉座の間へ三人で向かうと、国王陛下は愛娘の顔を見ただけで泣き崩れた。
落ち着いた頃に全てをニコラルド王子から説明され、テレジーナ姫に歩み寄り、抱き締められた。
ここに王家という身分などなく、ただ父親と娘の深い愛情だけが感じられた。
その間のお二人の会話は聞こえなかったが、その抱擁は長く続いていた。
王子がわざとらしくこほん、と咳払いをすると、ようやく二人が離れ、そして正式にお付き合いを申し込まれた。
結婚はもう少しお互いを知ってから、好い関係を築けたらと。
こうして全ての面倒事が片付いた。全てが平和へと戻ったのだ。
ところで姫様が帰った時に、何を慌てていたかをドロシーさんに聞くと、ハッセンの事であった。
なんでも、メイドが洗濯物を運んでいるときであった。ハッセンが裏口できょろきょろと辺りを気にしたかと思えば、杖から眩しい光がハッセンを包んだ。
メイドは自分の目を疑ったという。そこに居たのはあんなに麗しい容姿のハッセンではなく、しわしわの老婆がいたのだから。
そして黒のローブを翻すと、こつ然と姿を消したらしい。
目撃した彼女はすぐに下働き仲間に伝え、ハッセンを探していた所に僕たちが帰ってきたという経緯らしい。全く、呆れて物もいえない。
僕は相変わらず猟師を続けている。此度の活躍を認められ、貴族の位を授ける話もあったが、今の生活だけで十分。
その代わりこれからも宮廷付き猟師として、働かせてくれと丁重にお断りした。
息子のキラは宮廷付き猟師を目指して、僕と一緒に森へ入る事が多くなった。ジーナは幼いながらにラオの店を手伝うようになり、看板娘としてよく働いている。
そして二年後。テレジーナ姫は晴れてニコラルド王子とご結婚なされる事になった。国中が姫様の幸せを祝った。もちろん、僕も家族もみんなで祝った。
式はヴェルデで行われたが、住まうのはガルトになるので、そのお姿は一年に一度ほどしか会わなくなってしまった。少し寂しいと思うのは、少し罪だろうか。
これは風の噂なのだが、どうしてもハッセンを許せなかったニコラルド王子は、魔術師数人でハッセンを蘇えらせたという。
魔力を全て奪ったうえで、決して熱が冷めることはない鉄で作った靴で躍らせているという。
シアンを蘇えらせようか、と王子から持ちかけられた時もあったが、それも断った。
安らかに眠っているのだから、僕がそちらに行くまではゆっくりさせといてやりたかったのだ。
僕はまだ猟師を続けている。これからも猟師を続けていくだろう。栄誉あるこのヴェルデで。
ヴェルデの猟師 仮名 @kamei_tyan
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