第16話

 近くへ寄ってみると、そこに倒れているのはしわしわのお婆さんだった。魔術師の使う魔術は、死亡すると全て解けてしまうという。

 長い事自分の年齢を偽って、若く居続けた末路だろう。お似合いの死に様である。


 棺の向かった先は、小人たちの足跡でわかった。それを辿っていくと、小人たちは誰かと話しているように見える。

 そこには貴族の方だろうか。深い青色のジャケットを羽織り、白のズボンに身を包んだ男がいた。

 胸にはエンブレムがついてある。遠すぎてわからないが、ヴェルデの貴族でないことは確かだ。

 あんな高貴な方なら僕も存在を知っているはずだが、全く顔に覚えがない。


 しばらく成り行きを見守っていると、棺の蓋をあけ、愛しそうに頬を撫でる。そして口づけを交わした。

 死体にキスとは、変わった趣味をお持ちの方だ。しかし、僕は奇跡を目にした。


 口づけを交わした姫様は、棺から起き上がって、まるで寝起きのように伸びをして見せたのだ。こんな事が本当に起こりうるのか。

 辛抱たまらず、僕は茂みから飛び出した。


「テレジーナ姫様!」


「……キトラ! キトラなのね! あぁ、貴方と離れてから私、とても心細かったのよ」


 隣の青年は、茶色い髪を揺らして面食らった顔をしている。そしてようやく、エンブレムが隣国の物だとわかった。


「初めまして。ガルトの第一王子、ニコラルドといいます」


「失礼いたしました。ヴェルデの宮廷付き猟師、キトラと申します」

 

 こうして、僕たちは様々な話を共有した。

 まず、ハッセンは流れの魔術師などではなく、隣国ガルトの罪人であった。

 国を乗っ取ろうとした所を宮廷付きの魔術師が捕えた。しかしもとより強大な魔力を持ったハッセンは脱走を図った。


 そこで辿り着いたのがヴェルドであったという。なんて不運だ。

 僕は先ほどハッセンを射殺した、と伝えると、王子は僕を労ってくださった。


「あやつは死刑の予定でした。我が国でも何人か命を奪われておりまして。裁判の前に逃げられてしまい……。こちらの不手際で、申し訳ありませんでした。それと、ありがとう」


 一方テレジーナ姫は、少し複雑そうな顔をしかめた。手を胸の前でこね、もじもじとしている。


「でも、どんなに悪党でも、お父様の幸せには変わりないですわ……」


 確かにそうだ。マルゼッタ女王がお亡くなりになられてから、見ていられなかった毎日であったのだから。

 しかしそれを窘めるように、隣国の王子は真剣な眼差しでテレジーナ姫を見つめた。

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